N°10 - 同調

昨日まで、存在すら気に留めていないような赤の他人のことが、恋の対象となると一転、自分の人生の重要な関係者になる。人生に流れ込んでくる。染み込んでくる。雑貨一つ見ても、彼はこういうのが好きそうだよな、とか、これを見て彼はなんて言うだろうか、などと自然と思考の一部になっている。みるみるうちに想像上の彼が出来上がる。何を見てもちらついて、目障りなぐらい思考を侵食される。取れない。意識したくないのに浮かび上がる。ふと我に返る頃、彼のことばかり考えていた自分に嫌悪する。

だけどこうした贅沢な感情を私は楽しんでいるのだと思う。それが恋愛の醍醐味だし、いつも見る景色が違って見えるわけだから。

私は恋愛が好きなのだ。5h過多っていうのもあるけど、やっぱりなんだかんだ言って楽しいことに変わりはない。常に何らかに恋しているといっていい。そうでなければ私の場合、人生が展開されない。それに、好きになる対象を見つけられたことは実に幸運であるし、私を非常に喜ばせてくれる。付き合うの付き合わないのという時代が多大な苛立ちや苦悩を生むというのに、同時にそれが楽しかったりするのだと思う。何もかもスムーズに行って何のドラマもなく驚きもない筋書きだったら結局文句を言いそうだ。

結局は、味わいたい感情を引き寄せている

悲劇は美しい。悲劇は芸術的だ。悲劇は深い味わいがする。その悲劇を理解したい。

例えば、宇多田ヒカルの Be My Last を最初に聴いたとき、「自分で育てたものを自分で壊さなきゃいけない日が来る」という意味や哀しみがわからなかった。だけど心のどこかでそれを理解したいと強く望んでしまった。それは悲劇を求めていることを意味するからと理性が止めにかかったけど、心は貪欲に経験を欲してやまなかった、感じたいと願った。――悲しい曲ほど傑作が多い。この悲しい曲をちゃんと理解してちゃんと味わいたい。そう思うと不思議と数日以内に歌詞とリンクした心理状態に陥る出来事が起きて、解ってしまう。共感できてしまう。だからこの場合、呼び寄せている。同調している。

心にはそういうところがある。頭で考えればそんな悲劇を味わわない方が幸せだ、楽だ、得だ、なんて思う。だけど心はそれを超越する。取り合ってくれない。Ariana Grande / 7 rings の “I see it, I like it, I want it, I got it” を思い出す。魂も同じ原理だと思う。悲劇には中毒性がある。

Comments

POPULAR POSTS

N°22 - MEET MY VULNERABILITY: A CONNECTION WITHOUT EMOTIONAL SAFETY IS JUST AN ATTACHMENT

N°2 - ツインフレームは複数いて、人間である必要はない?