p.s. 2025/12/02
人生初の土星回帰を終えて、一体どんな気づきを得たかというと、なぜか詳細には覚えていない。私はむしろその少し前に起きたT土星の月合の方がメンタルに来るから、心臓に重石を乗せられたようなしんどさを感じていた。ただ滞在が長過ぎたのかも。実際のアスペクトとしては私の場合期間は少なかった。だけど長いこと魚座に居ただけで重苦しいよね。
T海王星も居たからさ、なんなんだよこのペアで来るのって思ってた。絶対意味深っていうか。そもそもが魚座土星で山羊座海王星とのミューチャル・リセプションがある世代。やっぱりT土星が入ってきてからの方が影響が分かりやすかったかも。T海王星が太陽と土星に乗ったときの混乱っぷりは本当に見事だった。コンパスが狂うみたいな。このとき西洋占星学の知識が全然ない時だったのに、「霧に包まれたみたいに人生の方向性がわからない」って表現したのマジで凄い。天才。マジ アインシュタイン。本当に混乱したの。それまでだって見通せてたタイプじゃないけど、何したらいいか、一体何が起きているのか本当に何にもわからなかった。大体この時期に西洋占星術を知ったんだった。それまで占い否定派だったのに出生図の正確性に思わず目から鱗が落ちた。ギリシャ神話とキリスト教と西洋絵画の図像学がやたら気になってのめり込んだのもこの頃。これが後のタロット学習の布石になるなんて夢にも思わなかった。だってタロットなんて知らないし。聞いたことがあるかないかぐらい。まだ卜術は認めてなかったからね。タロットを知ったのは26-27ぐらい?
「エリ・エリ・ラマ・サバクタニ (Eli, Eli, lama sabachthani?)」神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか――ってイエスが極刑に処されるときに言ったのが衝撃的で忘れられなくて好きな場面。「えーっ そんなこと言っちゃうんだ」っていう驚きと親しみやすさ。彼に人間味を感じさせるシーンが描かれていることが単純にストーリーとして面白い。
魚座と山羊座ってサインとしては調和する配置だけど、海王星と土星として考えたときに結構価値観が真逆だからいつも葛藤してきた。私は魚座で太陽と土星がコンジャンクションしているから余計にそう思うのかもしれない。懐疑主義になりきれず、かといって神秘主義や何かの信徒になれるほど浮かれることもできなくて。見えないからといって「神がいない」という証明にはならないから無神論者にはなれないし、ならば不可知論者のままでスッキリするかと言えば、実はそうでもなかった。どちらにも振り切れないというのはもどかしいし、暫定的な思考という気がしてストレスだった。そこで私が帰結したのは、「神がいるかいないかは、私にとって問題ではない。私は、神がいてほしいと思っているんだ。私の精神衛生上、いてくれた方がいいから、私は神がいると仮定して信じちゃえばいいんだ」という姿勢だった。私に必要な結論はこれだ。真実なんかどうでもいい。実際に存在がどうとかはもはや私には必要のない疑問であって、私にとって大事なのは何かという観点にこそ意味があった。魚座としては「大いなる何かとの一体感」が必要不可欠なんだと思う。天使が好きだから守護天使はいると思っちゃえばいいし。元々がワンネスという感覚に馴染みやすいんだから、一人じゃない感覚が必要なんだよ。
でも本当に牡羊座に行ってくれるとこんなにスッキリするんだね。サトゥルヌス或いはクロノスという中ボスと戦ってFFのDisk 2に行った感じか? (行った試しがないんだけどね) 今は気が楽。サターン・リターンによって変わったことは、信念体系か。「魚座」を受け入れることができた。魚座として現実社会を生きることに恐怖というかコンプレックスがあるんだけど、それはちょっと軽減された。同時に、この世で起こる不思議な法則を次々に目の当たりにしておいてそれを無視(否定)することはできないし、「見た目通りの世界じゃない」ってことはもう認めざるを得ない事実として迫ってきていた。完全にマニフェスト(具現化)や引き寄せ/願望実現出来たわってことも何回もあったし、段階を踏んで咀嚼することで魚座成分(spirituality)を受け入れることができた。早い話、現実とスピリチュアリズムが調和してきた。具現化、現実化。確実に生きやすさは増した。生きていくことへの安心感が出てきた。
私の場合誕生日と一緒に来るみたいなことだから、ああついに30という大台に乗ってしまったなという思いがあったよね。日に日にそれは薄れてきている。20代の時の方が30代になることを恐れていたように、いざ十の位が上がってみると、「ああなんだこんなものか」って気が楽になる。ただの数字じゃねぇかってね。こうやって歳を重ねるんだろうな。樹齢何百年の樹木だって気にして生きてるわけじゃないと思うし。数字を突きつけられると「えっ! そんな経ってた!?」って微弱な浦島太郎に思うだけで、数字だとやっぱり社会的なジャッジで見てしまうから落ち込ませるけど、同じ年齢だからといって健康度合いも成長度合いもまるで違うわけで、そうなると物差しとして非常に不安定というか、個人差の前では意味をなさないよね。今は全世代の人が若く見えるし、自由に軽やかになっている気がするから、昔抱いていた年齢のイメージとそぐわなくて拍子抜けする。単純に尺度として機能しなくなってきた。それはいいことさ。「何歳に見える?」っていう地獄のゲームを投げかけられることも減ったけど、今じゃマジで当てられない。20からのスピードの速さはフェアじゃない。異常だよ。気持ちはまだ20前半な気がするし、体内時計が合わない。
早生まれだからさ、同級生が30になっていくのを見てずっとそわそわしてたんだよな。だから、20代というブランドに浸っていたい気持ちと、早く30になってほっとしたい気持ちが拮抗していた。これも上の人から見たら「たかが30で」って思われるんだろうなー。でも皆通る道だよね。年齢なんてカウントすべきじゃなかったのかしら。誕生日というシステムそして概念が。でもそうなるとホロスコープという叡智に辿り着けなくなる。
サタリタにまつわる事前情報でビビらされてきた以上のことは起きなかったと思う。玉葱の皮みたいに剥けていって、最終的に真我が残る感じ。あ格好良いこと言っちゃった。やばすぎ。シラフでテンション高くて躁すぎ。でも本当にそう思った。具体的にどうという、目に見える形で変わったことはないかもしれないけど、気が楽になった。これに尽きる。
2025/12/02 追記:
えーこれ書いたのが大体8月。そしてもう師走ですか。先にメリクリ冬至祭言うときますわ。またT海王星もT土星も魚座に出戻りこんちゃーっすしてるけど、この期間に起きたことと言えば、バシャールとかエイブラハムというエンティティを知って段々と信じるようになったことかな、印象的なのは。最初はバチボコ懐疑的だったよ。うっさんくせと思ってたんだけど、まさかね。翻訳してくれる方々がいて助かる。自動字幕も助かる。私がおもしろいと思ったスピリチュアルのyt動画は@Clementine4444 のアカウントのプレイリストでシェアしてます(link) 全然スピで言ってないのも含めて。自分を解放させるアイディアだからいいなぁと思って。いつかpublic公開やめてもリンク知ってれば見えるunlistedにすると思うので。もう一段階クレイジースピになったというお知らせと備忘録。
keywords: spiritual entities medium bashar abraham youtube horoscope astrology transit saturn return mutual reception conjunction neptune moon capricorn pisces aquarius birthday ages number jesus mysticism agnostic atheist faith belief system manifestation law of attraction ps
Comments
Post a Comment
コメントを残す