N°38 - 一輪のバラ LE PETIT PRINCE, SE2

よく言われているように、象徴的なサン=テグジュペリの最期は『星の王子さま』の最期に重なります。つまり、跡形もなく消息不明です。彼はわざと撃たれたんだろうとも言われていますが、そうだとしたらそれは納得です。王子も蛇に自らを噛ませました。この「大地」を離れるために。この絵本に出てくる小さな王子は児童書とは思えないほどメランコリックですよね。自分の星を飛び出してしまうのですから。44回夕日を哀しく見たことと、44歳で亡くなったという奇妙な一致はなんなんでしょうね。彼は意図的にその数字を合わせたというのでしょうか。

「君が君のバラのために失った時間こそが、君のバラをかけがえのないものにしているんだよ」

この台詞はとても印象的でした。日本語にはない表現です。この時点でこの作品の素晴らしさは担保されていると分かりますよね。図書館で借りたのはたまたまこの(平凡社)稲垣直樹さんの訳で、他の翻訳を読んだことはないですが読みやすくてとても美しいと思います。私達が、自分でかけがえのないものにしているんだ。世界中にあるバラの中で、あのバラだけが特別なのは、あのバラと過ごした時間や、あのバラを想った時間が関係している。日本語では「情が移る」とか「愛着が湧いた」といった表現がありますが、これも時間経過によるものですね。

確かにそうかもしれません。私たち人間で考えると、見た目も中身もかなり違いがあるように見えますが、同時に私はドラクエの村人のようにある程度のパターンに分けられるとも思っています。なぜあの人は特別で、すれ違っただけの人は特別にならないのかと言ったら、自分が人類愛を持っていたとしてもその排他性と博愛主義は矛盾しないと思うのです。彼は蟹座です。だから余計に線引きがあると思います。私たちが集団として扱える数には限界があって、その狭さだからこそ絆も繋がりも強く感じるのだと思います。水瓶座や魚座の博愛主義と、ファミリーや仲間は別じゃないですか。早い話、両立ができます。愛国心とか地元愛とか、贔屓が行き過ぎるとその当時の戦争の自国主義を思わせますが、愛する人たちを持つこと自体は悪いわけではなく自然な欲求だと思います。

「君が自分でなじみになったものに対して、君はずっと責任があるんだからね。君は君のバラに対して責任があるんだよ......」  / p.127

これも蟹座的かなと思いました。ところで王子は簡単に友達を作りません。結局パイロットも友達になったのかよくわかりません。それはバラを無下にしてしまった後悔もあるし、こんなことを言われてしまって余計に慎重になっているのかもしれません。しかも「馴染みにする」のは自分だと言っているように聞こえます。時間を割くのは自分、その主体性がある。友達を選んでいく。王子の中で、いや、サン=テグジュペリの中で、友人とは「ちょっと仲がいい」では済まされない高潔なポジションにあるのかもしれません。

このおとなは今フランスに住んでいて、お腹をぺこぺこにすかし、寒さにぶるぶる震えています。そんな人はどうしても慰めてあげなくてはいけないからです。

『星の王子さま』はまさしく友人に捧げられました。その献辞の抜粋です。私はこの、「ぺこぺこ」や「ぶるぶる」という子ども向きのかわいらしい表現にとても満足しています。その友人レオン・ヴェルトは無政府主義者のユダヤ人ジャーナリストであり、ナチスはフランスを掌握しましたから彼の立場は非常に危険であったわけです。サンテックスは明らかにこの親友に責任を感じていました。どこまで行っても彼は、友情こそ人生のテーマであったのです。

あるNoteに、星の王子さま読書会の書き起こし[Link]がありますが、そこには、この王子とパイロットの年齢差が、サン=テグジュペリと、この本を捧げられた友人のレオン・ヴェルト氏の年齢差(22)を思わせる、とありました。なるほど面白いです。まだ、1つ2つしか読んでいないのですが、興味をそそられた人は読んでみたらいかがでしょうか。なぜ、私もこんなにも彼に、彼の著作に、興味をそそられるのかわかりません。『人間の大地』に関しては完全に語感のインスピレーションでした。タイトルの魅惑さです。だけど世界中の人が長年彼の作品に魅了されていますし、彼はフランス紙幣にもなったようですね。確かに、私はこうして何度も読ませる本が好きなのです。ここで何度も引用しているジョン・グリーンの著作もヤングアダルト向けですが深いです。

こうして何の取り留めもなく、私はこれを書いているわけですが......

一般に、バラはサン=テグジュペリの妻を描いていると言われていますが、バラを自分の小惑星に残して旅をする王子というのが、祖国に愛する人たちを残してきたサン=テグジュペリと重なりませんか?

最期彼はアメリカからフランスを目指して飛行するのでしたね。そして生家を見ながら死んでゆく。過去に帰るわけです。かつての想い出と共に沈んでゆく。悲劇的だけど共感できる死です。なんというか、小説のような死です。あまりに印象的で、絵が浮かぶし、私には忘れることができません。悲しい曲のような美しさがあります。だから芸術的な死です。

それにしてもバラをこんなにも色っぽく描けるのは愛の国フランスならではの美意識が表れているのかなと思いました。完全に大人の女性です。日本では、しかも児童書で、こんなキャラクターで書くことはまずないでしょう。少し長いですが見てみましょう。

特大の蕾をつけるのを見て、王子さまは「きっと、見たこともない大きな花が出てくるぞ」と感じました。けれども、花はその緑の部屋に守られて、少しでも美しくなろうと身支度に余念がありませんでした。花はどんな色彩を身にまとおうかと念入りに選んでいました。ゆっくりと時間をかけて服を着、花びらの一枚一枚をぴったりと重ねあわせていきました。ヒナゲシみたいに皺だらけでは、外に出たくはありませんでした。今まさに、いちばん美しく、光り輝く姿で登場したかったのです。そうです、そうなのです。その花はとてもおしゃれだったのです。秘密めかした身繕いに、何日も何日もかけたわけです。そして、とうとうある朝、日が昇る、ちょうどそのときに、花は姿を現しました。これほどまでに、一分の隙もない準備をしておきながら、あくびといっしょに花はこんなふうに言いました。
「ああ、目が覚めたばかりで.......。ごめんなさきね。まだ髪がくちゃくちゃでしょ......」

ここです。完全に大人の色気がありますよね。

そのとき、王子さまはあっと思わず声をあげました。
「ああ、なんてあなたは美しいのでしょう!」
「でしょ?」と花は穏やかに答えました。「それに、わたくし、日が昇るのといっしょに生まれましたのよ......」
あまり慎み深い性格ではないな、と王子さまはピンときました。
けれども、すっかり花に心を奪われてしまいました。
「朝食のお時間だと思いますけど」と、やがて花は言い添えました。「わたくしのために、なにかご用意いただけますでしょ......」

つまり彼女はASCに太陽が? この話には太陽がやけに出てきます。日の出と日の入りは対照的です。実際彼らの小惑星でどう太陽が見えるのか、それを作者がどう想定していたかはわからないものの、深く考えなければ、バラは華やかに輝いているのに対し、王子は日の入りを何度も見るぐらい悲しみのマントを纏っていました。バラは王子の心を照らしてくれたのですね。王子の顔ってあまり感情は見えません。独特で素朴な絵からは人間離れしているようにも見えますし、(なんならちょっと怖い)、だけど退屈でやるべき「仕事」しかない小惑星を美しく鮮やかな色彩と華やかな香りで五感(あるか知らないけど)を満たしてくれたバラは格別だと思います。

王子は知らず知らずのうちに「愛」に触れたのです。

私はこのバラの性格が好きです。大人の世界に疎い王子も、バラの性格にはいち早く見抜いていますね。面白い箇所です。

バラが気になってきました。次回はバラについて見てみましょう。





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