N°53 - 嘘を失う痛み そして ユーフォリア PAIN OF LOSING A LIE
Trust Issues, 自分を信頼することと、相手を信頼すること、この2つは繋がっている気がする。回避型だの不安型だの愛着スタイルがどうというのも疲れた。
信じろっつったって100%は無理で、いつもいつも信じられるというのは無理だと思う。完璧をゴールとしない方がいいのではないか。100%自分や相手を信頼できなくてもいいし、相手から100%信頼されなくてもいい、という諦めの境地だ。できるときはできるし。これこそ信頼じゃないか?
信じなければいけない、と追い込むのは意味がない。過去の経験や傷から出来上がった不信のパターンを繰り返しているわけだが、そりゃその鎖を打ち砕いた方が新たな人間関係や自分との関係を良好に保てるだろうけど。癒そうと思わないことで癒される。そんな風に思ってきた。できない今を責めてないからね。
♠︎ I don't need nobody to save me ?
Labrinth - Mount Everest (MV: link) の歌詞を見ていきたい。これを理解したいと思ってたらまたしても絶好の機会が訪れた。これまた Euphoria (HBO TVドラマシリーズ) の曲で、私は観てないし観る気もないのだが、これは Manic (躁状態)を歌った曲ではないかと囁かれている。曲の最初から肥大した自己があり、自惚れが強く出ている。エベレストを凌ぐほどの I'm on the top of the world 状態。これは bipolar (バイポーラー/双極性障害)が鬱と躁のセットのように、鬱の裏返しだ。健康的ではない。どういうことか見ていこう。
I burn down my house and build it up again の箇所は自己破壊的そしてまた建築する、『塔』のカードを思い起こすし、次に I burn it down twice just for the fun of it は同じことを繰り返して、自ら幸せをぶち壊す感じがある。self-sabotage. すべてをリセットしたい衝動のような。すべての連絡先を消したい、すべての関係性を切りたい。白紙にしたい、自分のことを誰も知らない土地で生き直したい強い衝動。
So much money and I don't know what to do with
I don't pick up my phone, ain't no one worth the time
I got me one gun and an alibi
So much love that the whole thing feel like a lie
豊かさをシェアするでもなく、1人で満たされてもいない。電話も取らない。時間を割く価値のある相手がいない。「自分が凄すぎて釣り合いの取れるものはいない」という理屈だけど、これらは明らかに孤独だし、他人を信用してない。銃とアリバイが1つずつあるのは、自己完結と完璧さ/完全性を言ってるがMVの最後に発砲して自分が倒れるところを見ると、自分が自分を撃つのだからアリバイもなにもない。
最後、すべてが嘘のように感じられるたくさんの愛と言っている。量と質も見合っていない。どれだけ量を注がれても彼の信念は変わらない。しかし量が少なかったとしても文句を言いそうだ。これもやっぱり自己-他者の信頼の欠落だと思う。相手は不安型で信じてもらおうとたくさんの愛を与えたかもしれない。自分は凄いやつと思いながら、それは側から見ると異常なぐらいの自信、自己愛性パーソナリティ障害のような嘘の自尊心。これは自分から自分自身に対する大量の嘘の愛と言い換えることもできる。というか自分が持っている自己愛が嘘だから、他人の愛も嘘だと思い込む。根本では自分は愛に見合わないとか、愛される人間ではないと思っているんじゃないか?
money と同様 so much と言っている。love についてもどうしたらいいかわからないのでは。お金や愛がどれだけあっても彼を幸せにはしない、できない。当然、手前の愛もあるだろう。MVの中で顔の部分だけがブラウン管のTVに映っているシーンがある。"切り取り"。ここの歌詞がファンのことを言っているという解釈もあるが、どんなものでも有名になればなるほど初期とは別のファン層がつく。つまり売れる。これを有吉弘行は「バカに見つかるとき」と言ったが、本当にそうで、彼や彼の音楽を本当に理解していたようなファンよりも、大衆という浅い浮気者(ミーハー)が多くなる。大衆受け=売れる曲、有名な曲はそのアーティストの一番良い曲じゃないことが多い。認められるには大衆に迎合しなければならず、しかしイメージは独り歩きし、上澄みの自分が歓迎される。地位と反比例するプライベート。その意味で「嘘に感じられる愛」というのはまことに正しい表現。その大衆に見つかったからこそお金も増えるのだが、初期のファンはこのファン層状態に冷めてくるしコミュニティの中で影響力を失っていく。売れるとほとんど別物になってしまうこともあり、ファンとしては有名になってほしいようでほしくない心理が働くことも多い。
活躍と共に持ち上げられエベレストほど高みにいったともとれる。バカにする者は減り、邪で媚びへつらう者が増えたかもしれない。対等なものがいなくなった。理解されない、弱みを見せられない、隣に誰もいない、チャンピオンの孤独。売れたことで、誰を信頼したらいいかわからなくなる。それが電話にも繋がる。
I don't need nobody のリフレインのあと、(To save me) と続く二重否定歌詞がある。本当に必要としてないわけがない。というか、"nobody to save me" 誰も助けてくれる人はいないという吐露が隠れているのでは。
最初に整然と並べられていた完璧な陳列の椅子が、MV後半に乱されている。白と黒のスカーフの引っ張り合い(自分自身による綱引き)。苦しい表情。決して彼は幸せではない。終わりのない自分の中の葛藤。終わらせたい銃。
ユーフォリア (euphoria)とは「一時的な多幸感」だが、辞書によると類語は「世界の頂点 the top of the world」そして反対語は「惨めさ misery」と「鬱 depression」。つまり黒い鬱がついて回る。切り離せない。スカーフのように。当然、ドラッグのハイも思わせる。偽の幸福感。
非常にオシャレでいい曲だ。『悪魔』にも通ずるような。力は持っている。だけど幸せではない。自己嫌悪。恐怖。そして『塔』による、嘘の崩壊。
自分に客観的な評価って下せるものなのか。謙遜や卑下することなく尊大にもならず、他者が受け止めるそのままに自分を見つめることって非常に難しい。自己信頼がないとだめだし。売れすぎて天狗になる芸能人もいるが、転落する日も近いなって思うことがある。かなり評価された立場になれば周りがイエスマンになってくのはよくある現象で、忖度されて、顔パスで、ファンが信者化して、客観性を失い、欲が出て、尊大になっていく。そこで裸の王様に指摘できる他者がいたなら幸福だ。しかしそれには双方に信頼と精神力が求められる。受け手はその真実の評価を受け入れる度量が必要で、それは自己信頼から来るものだし、発言者は相手との関係悪化の可能性、つまり衝突や不和や誤解を恐れずに好きな相手に正直な意見を言えるかという、これは他者信頼にもかかっている。
♠︎ Empty Promises of Love
同じく Euphoria 繋がりで、Tove Lo - How Long (Official Lyric Video: Link) を思い出した。彼女らしいサウンドに乗せた非常に生々しく痛々しい歌詞で、浮気されてたってことなんだけど、真実を知りたい気持ちとそれを知る恐れが無駄なく表現されている。やっぱり彼女のダークな音楽が好きだ。
I know love isn't fair
I know the heart wants what it wants
There's no way to prepare
For burning, brutal rejection
I know it takes some time
To feel the pain of losin' a lie
コーラスにもどこにも無駄はないけどこのブリッジをエッケ・ホモだ。「愛がフェアじゃないことも知っている。心は求めるものを求めることも知っている。残酷な拒絶に備えることなんてできない。嘘を失う痛みを感じるにもいくらか時間が必要だ」。この最後の歌詞。『悪魔』と『塔』のシークエンスを思い起こす。
burn down my house みたいにいずれ燃やされる運命にある。しかも全焼、焼け落ちるという意味。前の歌詞では「どこかで気づいていた自分がいて、聞かなきゃよかったけど、死ぬほど気になっていた」。そして相手は「酔っている時正直」だからその時聞いたんだろう。聞かなければ幸せだったかというとそうではなく、違和感を抱えながら偽りの愛をやり過ごすことはできなかった。どっちに行ったって苦しい。「私が悪いのかと思って関係を修復しようとしている間、あなたはどれだけ前からこの関係を終わらせようとしていたのだろう」。「友達は真実を語らない。あなたを気に入ってるから」。「あなたはどれだけ長い間、他の人を愛してたのか? 私が二人一緒になることを夢見ていた間に」。「彼女はあなたの一番良いところを得ていた」。恐ろしい、この痛み。彼女に痛みを語らせたら右に出るものはいない。もし私がトーヴの友人だったら、浮気を伝えるのは心苦しいのも分かるし、もしトーヴ本人だったら自分1人夢見ててバカみたいで、周りに嘘つかれて守られてたこともショックだし。不実を働いた恋人が一番悪いのだけど、仮に好きな人ができたからってその時点で別れを切り出されても拒絶だし、じゃあ夢を見られた期間の分幸せだったかというとそんなこともない。だから惚れたもん負け、愛はフェアじゃない。それもわかる。こんなことをされたら他人を信用するのが難しくなる、人間不信になるのも無理はないよなって。でも、その不安から束縛しすぎるとそれが相手を失う一番の要因である皮肉。これは私の意見だけど、本当の意味で相手を所有することはできない。別の人間だから(別の人生がある)。でも別の人間とは思ってないのだろう。だから分離が恐ろしい、悲しい、耐えきれない。相手が同じ選択をしないことが考えられない。ニーチェは「愛が恐れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である」と言ったが、分からんでもない。ツインフレームにも言えることだけど、物理的な次元で2人を同一視するよりも、精神的な次元で同一視する方が健全なのだと思う。見えないところで繋がっている、魂は inseparable 切り離されることがないと信じることが重要なのはそこなんだと思う。自戒を込めて。
♠︎
一部のyoutuberやアーティストのファンは信者化しているものがある。盲目的で、良くなくても良いと言ってしまう人達。強化版あばたもえくぼ。恋は盲目。反対に、批判的な、発信者に賛同しない意見はすべて誹謗中傷、アンチ、悪と一緒に片付けられコメント欄を閉め出されると、その行き場として掲示板のようなアングラなところが求められる。こういう偏りから批判意見は正直なことも多い。が、それも一概には言えず、エゴサーチした結果をそのまま世間の声と受け取ってはいけない。批判こそ人に言いたくなるし、ボキャブラリーが多い。どちらの言葉を強く受け取ってしまいやすいかにも個人差が。『法王』と『悪魔』を思った。信者以外は異教徒(討伐対象)という締め出し。
STOP TRYING TO BE LIKED BY EVERYBODY
YOU DON'T EVEN LIKE EVERYBODY
@ zoeisabellakravitz
万人に好かれようとするのはやめろ。自分だって万人を好いてるわけじゃない(嫌いな人もいるはず)
IF YOU ARE A FRIEND OF EVERYBODY,
YOU ARE AN ENEMY TO YOURSELF
source unknown
もし全員の友達でいるのなら、あなたは自分自身の敵になっている
"'Cause even God herself has enemies"* - 神でさえ悪魔という敵がうじゃうじゃいるのだから。なんなら、"God has the most toxic fan base"** - 神は最も有害なファンコミュニティを持っている。
*all the good girls go to hell - Billie Eilish
**credit: Satan @s8n on x, via lauren jauregui
♠︎
真実を言うことは時として難しい。
誰が好き好んでサンタクロースはいないと子供に教える役目を引き受けるだろう。確かにそれは真実だ。それでも真実を口にしたやつはクズ野郎になる。 - p.30
真実が優しいとは限らない。私はサンタクロースはいないと教えられたとき本当にショックだった。その12歳のときから、目に見えない不思議なものは全て嘘っぱちだと思うようになった。神はいない。死んだ人もそばにいない。死んだ猫に手紙を書いても意味がないと。ユニコーンや魔法の世界は好きだ。だけどサンタによってその全ての信仰を失いかねない。最初からそんな嘘教えないでほしかった。今でもこれは悪習慣だと思う。もっと上手いアイディアはないものか。
そう、ラビリンスは "sweet" といった。優しい嘘は本当は優しくない。sugar (砂糖) は「甘い言葉、お世辞」の意味もある。sugar-coat 砂糖がけの取り繕う言葉たち。『ソード』のスートみたいに、真実は鋭利で、状況を切り開く強さを持ちながら、幻を断ち切ってしまえるけど痛くもある。嘘を失うにも痛みがある。言葉は人を傷つける力がある。人を殺すことも生かすこともできる。刃物は取扱注意だ。
ジェーン:「本音を口にしないなら、本音が真実になることはないと思う」p. 323
愛と真実は結びついている。支え合っているんだ。
モーラ:「知ってるくせに、ウィル――全部が嘘だなんてありえないって。どんなことにだって少しくらい真実が混ざってる」
これらはまた、ジョン・グリーンの小説『ウィル・グレイソン、ウィル・グレイソン』からの引用で、テーマの一つには嘘と真実がある。ウィルという同姓同名の2人の青年がいて、片方は同性愛者、もう片方は異性愛者だ。ネタバレになるが、アイザックとウィルによるオンラインの恋愛(同性愛)は真実の愛だった。お互いが唯一の理解者だった。しかしアイザックというのは幻で、ウィルに片想いする女子同級生モーラが演じていた架空の人間だった。
目に見えないものは、そこに存在するし、同時にそこに存在しないということはありうると思う。
アイザックは生きながら死んでいた。アイザックとは確かに分かり合えてた。そしてモーラとは馬が合わなかった。同じ人間のはずなのに別の存在だった。どんな嘘にも真実が混ざっている。
小説では量子力学の有名な思考実験『シュレーディンガーの猫』が用いられる。箱を開けるまで真相はわからない。けど、「箱を閉めっぱなしにしてたら、やっぱり猫は死ぬんだよ」という結論に至る。あらゆる嘘は暴かれ、異性愛者のもう一人のウィルは意を決してジェーンに告白をする。
沈黙さえ / 語るべき物語を待っている
- ジャクリーン・ウィルソン p.196
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