N°54 - 嫉妬は愛なのか JEALOUS TYPE

聖書では、"主は妬む神" であると書かれた。しかし聖パウロは言う、"愛は妬むことをしない" と。

これだけ引用しておきながら今、6年振りに『どこまでも亀』を読み直している。冒頭、聖パウロ書簡の『コリント人への第一の手紙』の引用がある:

「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。......そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える」
p.18

「妬む神」という表現には驚かされる。しかしこれは他の神を信仰したら妬みますよということらしい。妻が他の人といちゃいちゃしたら怒るのは当然で、妻を愛するから妬むのだ。神も同じで、私たちを愛して取り戻そうとする。そういう意味において要は一途を貫けということを言っている*1。つくづく、日本の「八百万の神」信仰とは相性が悪いと思う。
要は "焼きもち" (実は焼き餅と書く)。嫉妬のすべてを否定しているわけではないのが面白い。ケンブリッジ英英辞書によると jealousy と envy は明確に違っている:
前者は「自分の愛する人が他の人に興味を持っているように見えることに動揺し、怒りを覚えること」で、後者は「他の人が持っているものを自分も持っていたらいいのにと願うこと」*2。自分が持っているものと、持っていないものという違いがある。なるほど分かりやすい。

よく聖書で語られるイメージがある(ちゃんと読んだことないが)、「隣人の妻を欲しがってはならない」...当たり前といえば当たり前だけど、逆に釘を刺すということは当時よくみられたことなのかもしれないなどと想像する。隣人の妻を欲しがるのは envy で、妻が他の男に興味持っていそうなとき夫が感じるのは jealousy ということだ。この宗教には「契約」という発想があるから、夫婦という契りを交わした相手を第三者が取ろうとするとか、あるいは別の人に乗り換えようというのは契約違反/不履行だという認識じゃなかろうか。一対一という考え方なのだろう。神と契約してるわけなので他の神はNOだし、この意味ではジェラっている。英語圏のスピリチュアル界隈では、ソウル・コントラクト、魂の契約という概念をよく耳にする。ツインフレームにしたって、それは魂の契約のごとく、約束されたもの、取り決められたものという考えが一貫している。
日本には契約という感覚は法的な場面でしかないから随分とシリアスに聞こえる。(シリアスだけど)。契約だから戒律やルールがあって然るべきだし、結んだ以上互いに責任が生じ、それに従う掟ということになる。逆に、神道に教典や教義はなく、生活態度という様式だから日本人の多くは自分を宗教的とはみなさない。(指導者もいないからタロットの『法王』のようなスピリチュアル・リーダーと聞くと抵抗を感じやすい)。日本が宗教に無節操と言われるのは、あらゆる宗教の内容に対する無知と無関心も大きいが、そもそも宗教という感覚が外来的なもので馴染みにくく、制限や縛られる感覚を好まないからだろう。そしてクリスマスなど、宗教からシリアスさを抜いた文化やお祝い事だけを、つまり生活の一部として取り入れた。なるほど、私も昔は無節操や商業的な態度に怒っていたがこれは当然の態度かもしれない。日本でいう宗教とはそういう認識だからだ。初めて合点がいった。

アブラハムの宗教(ユダヤ教/キリスト教/イスラム教)は偶像崇拝を禁止している。なぜなら神以外を信仰してはならないからだ。神性を別のものに与えるなという。そして、「目に見えない」ものを「目に見える」形で表すなということだ。これも我々には難しい。お守りやら御神木やら、そもそも目に見える自然界やあらゆるものに神が宿っている、森羅万象が神の現れであるという思想が発端だから相入れない。日本にアイドルが多いのも自然な成り行きかもしれない。しかし、神という超人的、非人間的なものは目に見えないものであろうと考えるのもまた自然な発想で、目に見えちゃおかしいだろという理屈もわかる。これまであらゆる投稿を書いてきたが、サン=テグジュペリのシリーズに限らず最近共通しているのは、「目に見えるもの」と「目に見えないもの」の対立だ。

タイトルは、私の好きなラッパー Doja Cat の新曲 "Jealous Type" から取った。これまでと毛色が違うから戸惑ったが、2回目に聴いてみると良い曲だった。来日公演を控えている関係上、公式の日本語歌詞字幕つき動画(link)があるが、冒頭の「2つの道に心が揺れて選べない。どっちが地獄でどっちが楽園?」**は思わずタロットの『ソードの2』(2S)を想起した。『恋人』のカードでもいいかもしれない。これは間違いなく浮気者の恋人を持つ人の歌だ。最後の方、「あなたは手に入れられないものを欲しがるのね」**とある。これが通常の意味の妬み、envy に当てはまるだろう。この意味の妬みとは、自分が持っていない他人の性質やものを欲しがる心理だ。富、能力、美貌、地位、名誉、そういったものを羨ましがることは聖書において罪深いとされる。しかし大なり小なりみんなやっていることだろう。この曲ではドージャが「私は嫉妬深いタイプなの」**と告白しているわけだが、先の歌詞を見ると彼氏もそういうタイプだとわかる。

私は恋愛でそこまで嫉妬するタイプでもないと思うが、恋愛のシーンでもそれ以外でも嫉妬されやすいタイプだ。それは envy, jealousy どっちの意味もある。確かに独占欲というものはうーんと思うけれども、半面嬉しく思う気持ちも時にはあって、それがまた誘発させている気がしてならない。付き合う相手は自分の何かを反映していると思うから。
それだけ愛されたいとか、強く求められたいという気持ちが働いているのだと思う。その根底には意識しづらい欠乏感や傷が潜んでいる、きっと。それだけ強く願われたことがないから、或いは養育者と肉体的/精神的にそれほど親密になったことがないから、愛着障害的に*3、過剰な表現でないと愛を認識しにくい、心で満足するほど感じにくい(=受け取れない)のではないか。逆に、"必要以上に" 嫉妬してしまうケースでは、過敏に不安を感じている。自分の魅力や能力への不信や欠乏感、相手を失うことの恐怖や見捨てられ不安*4、分離不安、拒絶のトラウマかなと想像する。この2つは関連性があると思う。

when you feel abandonment anxiety coming and the self sabotage arising say this:
1. they are busy.
2. they did not leave. they will tell me if they want to.
3. space is necessary.
4. they do not always have to respond.
5. i didn't do anything wrong.
6. it is okay to be alone.
sources: @ kemimarie, via @ thiswallwasboringme on ig
見捨てられ不安を感じて自己破壊症状が上がってきたら次のように言ってください:
1. 彼らは忙しい。
2. 彼らは去っていない。もしそうしたかったら私に告げるだろう。
3. スペースは必要不可欠だ。
4. 彼らがいつも返事や反応をする必要はない。
5. 私は何も間違ったことをしなかった。
6. 一人でいても大丈夫。

ちなみに、威光、尊厳、栄誉、栄光...といったものは神にのみ属している特性(神性)らしい*1。それを神でないもの、人間や像にその属性を与えてはならないと説く。しかし日本には、芸能人/アイドル/キャラクター等に熱中することを規制する心理的障害はない。マジ神! と言ったりするのも日本的感覚の表れだろう。「あらゆるところにいて、見えるもの」で元々なのだ。だから、『踏み絵』は本来キリスト教からしたらそれは神ではないのだからクリスチャンでも踏めると思う。だけど日本古来の考え方としては、キリストが描かれたものを足で踏むなんて畏れ多いし失礼じゃないかと躊躇われる。つまり日本のクリスチャンにだけ有効な選別法じゃないかと思う。隠れキリシタン、潜伏キリシタンが仏像に似せてマリア像を作って拝むのも日本らしい信仰の在り方だ。メキシコのカトリック、褐色の肌の聖母『グアダルーペの聖母』信仰のように、その土地に根付いた考え方を完全に払拭することは難しい。もちろんこれらを批判する意図はない。面白い現象として見ている。

A silent form of self-sabotage.
Intensely focusing on other people.
(source forgotten)
自己破壊行為の無言の形,
他の人間に強烈に関心を向けること

しかしまあ、私がキリスト教に思うのは、よくもこんな「三位一体」という複雑な概念が世界中で理解されたなということ。(無理矢理改宗させたケースは多いものの)。イエス・キリストは、父なる神、神の子イエス、聖霊からなる。合体しているというアイディアが斬新というか、初めは理解できない。イエスは人間でありながら神性があり、重なり合っている。二重性。この三位一体、トリニティを(霊能者)月夜見さんは、自分、親含む先祖、魂(前世の自分/ハイヤーセルフ/前世でお世話になった神様など高次の存在)、が一緒になって "自分" になっていることと似ている、という感じで説明していた*5。私はなぜか『ペンタクルの3』(3P)を思い浮かべた。"私" とは、周りとの関係性の中に存在し、"私" を構成させるものは1つの要素でなく、私はチームプレイらしい*6

予定してない記事ばかり出している...やっぱり計画タイプではないね。偶然こそが必然だし。自然な気持ちの流れに逆らってないってことかな。立ち合いは強く行って後は流れで


I'm yours, I'm yours *7


*1 - 聖書入門 link
*2 - native camp 解説 link
*3 - マドレクリニック: 愛着障害(attachment disorder) link
*4 - abandonment issues. wiki eg link: Emotional abandonment is a subjective emotional state in which people feel undesired, left behind, insecure, or discarded. People experiencing emotional abandonment may feel at a loss. They may feel like they have been cut off from a crucial source of sustenance or feel withdrawn, either suddenly or through a process of erosion. Emotional abandonment can manifest through loss or separation from a loved one. Feeling rejected, which is a significant component of emotional abandonment, has a biological impact in that it activates the physical pain centers of the brain and can leave an emotional imprint in the brain's warning system. Emotional abandonment has been a staple of poetry and literature since ancient times.
*5 - 月夜見さんyt: "地味な開運のコツ, 自分と守護霊と先祖霊" - 最後のほう(12:18-) link
*6 - 余談だが、ダイアンの津田に霊が何体かいると言われて「5人組 俺?」と返してたw 見るからにエンタメくさいが怪談ブレイク(心霊を無効化するチャレンジ)が面白い: link yt post
*7 -  Billie Bossa Nova - Billie Eilish は twin flame journey (tfj) らしいアンセム
*7-2 - 永野が「オレは高比良くるまのもの」と言ってて、「くるまはオレのもの」より愛が深いと言ってた: link, yt (4:19-)。面白い発想だなって。洋楽だと you're mine, i'm yours って歌詞目にする。
** - Could be torn between two roads that I just can't decide/Which one is leading me to hell or paradise?/Baby, I can't hurt you, sure, but I'm the jealous type/You want what you can't have, but I made a choise.


keywords: jg tatwd turtles all the way down john green




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