N°13 - DIVINE FEMININE & DIVINE MASCULINE FOR TWIN FLAMES

Divine Feminine と Divine Masculine って聞いたことがありますか? ――ディヴァイン・フェミニンとディヴァイン・マスキュリンです。これは主にTF(ツインフレーム)の文脈で登場する用語なのですが、それは英語圏で見られることで、日本語のツインレイ(フレームと同義)界隈では私は聞いたことがありません。もしかしたら「魂のあなた」などと表現が違うだけかもしれません。

みなさん、ご自分のお好きなブログないしyt動画をご覧かと思います。私も自分の好き嫌い、というか肌に合うか合わないかで判断して、TF情報を得ています。私の場合は専ら日本語のブログです。それも時期(フェーズ)によって共鳴するブログが違ってきて、計3つのブログをメインに読みました。(なお、TF自体がおそらく英語圏から流入してきたコンセプトなので、日本語の情報と世界の情報が違うのか、どう伝えられているのかなど英語でも少し情報収集することがあります)。現在はどれもあまり読んでいません。また、ここでサイトを紹介することは差し控えます。きっとそれぞれに呼ばれるところが、それもパーフェクトなタイミングであると思われますので、ご自身で見つけられた方がいいかと思います。

個人的には、段階を先取りして知ろうとすることは極力控えていました。流れるままにして、答え合わせのように、ああこういうフェーズってあるんだ、と情報を参考にしました。その方が展開が早い気がします。あくまで各々の個人的な体験や解釈なので、情報は参考程度にするのが良いでしょう。皆同じではないので。

さて、英語圏でTFの情報を見ていると、先ほどの言葉がよく登場します。DFまたはDMとそれぞれ略されることが多いので最初は何のことか分かりませんでした。

直訳で「神聖な女性」と「神聖な男性」ですが、軽く調べてみたところ、微妙に定義が人によって異なる気がします。
  1. 単に、TFJ(ツインフレーム・ジャーニー)に参加している、それぞれの役割のことを指す。
  2. 魂の状態(或いは、理想的な/覚醒した/傷を癒した)のTFのことを指す。この場合、そこに至っていない、TF女性やTF男性とは区別して使っている。
  3. TFに関わらず、全ての人が持っている女性的なエネルギー、男性的なエネルギーのことを指す。大抵の人間はどちらか一方のエネルギーが優勢である。

大体この3つかと思います。共通しているのは、これはエネルギーであって、身体的及び社会的な性別とは別の話だということ。その人のセクシャリティや性的指向を示すわけではなく、それらと関係がありません。
従って、「男性の身体でも女性的なエネルギーが強い」ということもあるし、その逆もまた然りです。例えば、「TF男性」でも「Divine Feminine」になり得ます。また、同性同士、例えば身体的に男性同士の「ストレート(異性愛者)」のTFもあり得るということです。その場合、どちらか一方が強い対極のエネルギーを持っている可能性が高いようです*。つまりここでは、女性性、男性性、といった意味ですね**
ちなみに私はある部分では男性性が強く、彼はその意味で女性的でした。けれども私は明確にチェイサーでしたし、彼は物理的なフィールドで活躍しているランナーでした。「DFは必ずチェイサー、DMは必ずランナー」というわけでもなさそうです。そこは意見が割れていますが、大抵の場合はそうであっても例外はあるという意見の方が優勢のように感じます。役割が入れ替わることはよくある、という意見もあります。私は現在、未熟だった女性性を克服しそれを発達させていると思います。ややこしい話ですが、少なくとも今はDFだと思います。エネルギーなので流動的ですし、便宜上この用語を使うだけで、そこまで固定的に自分を定義づける必要はないかと思います。

私は以前、自分のTFを手放したと言いました。私を「完全」にするのに、もはや彼(いや、誰も)必要ではないことを悟りました。これはチェイサー・ランナーの関係が逆転したと言えるかもしれません。私がランナーになったのかもしれません。或いはそれは、サレンダー(降伏)による手放しかもしれません。整理してみます。

それより少し前、私は彼に「本来の彼」になれるように許可を出しました――どういうことかと言うと、私が自分自身に不安を感じていれば、「彼がいなきゃ、XX(仕事など)ができない」などとclingyであり続ければ、彼は永遠に自分の精神性を高めることができません。私が引き止めてしまっているからです。彼は私のためにその状態に留まってくれていたのです。だから「あなたがいなくても私は大丈夫。心配しないで」という状態になる必要があります。精神的な自立です。――きっとこのタイミングから、彼は自身の傷と立ち向かうフェーズに入ったのだと思います。彼のSNSは著しく更新が止まりました。彼は、私が以前体験したような、hard timeを過ごしているに違いありません。私にできることはもう何もなく、できることは全てやり遂げました。
 
彼を「DM」にさせる、ということですね。つまり私は自分で物語を止めていたと言えます。この経緯だと「逃げた」ニュアンスはありませんね。トムとジェリーの関係を「やめた」のです。

煮え切らない彼に嫌気が差すということもままありました。TFJのチェイサーないしDFの方なら共感すると思います。「なんで私ばっかり!?  彼は逃げてるだけじゃん」みたいなね。世に蔓延した感染症の時期と被ってかれこれ5年は経っているのでこれ以上待てない、嫌だという意識もありました。ほぼ無関心の時代もあれば、「TFだとしても、本当に彼でいいのだろうか?」、「この人がいいと思っているのだろうか?」という想いになったりもしました。「私の理想とするパートナー、私に相応しい相手はもっと他にいるんじゃないか」。彼は私が未熟だった時代に引き寄せた相手なのだから。自分にとって理想の人間関係はどのような状態か、許容できることとできないことは何か、自分の正直な本心を探っていきました。「絶対にこの人じゃなきゃいけない」というのは固定観念なのです。ちょうどそういう記事も目の当たりにしました。

程なくして、Bさんに出会い、恋しました。何度もカードリーディング動画でそれが示されていましたし、私自身が引いた場合でも "New Love" や "近い将来"、"あなたの愛を表現する"、"信頼(Trust)"、"あなたは愛に値する" と出ました。出会いはその僅か2ヶ月後です。楽しみにしていましたけど、本当にそうなったのでびっくりしました。サードパーティと言えばそうですね。
因みにそのとき、Aと続ける選択肢としては、"今から一年後" や "待つ価値がある"、"心配は要らない"、の他にジャンピングで "片想い" が出ました。最後のカードは、絵に描かれた女性が当時冷めていた私そのもののようでした。動画では、「どちらを選ぶかで人生が決まる」、みたいな重大な決断の時、その分岐点にいるというお話でした(今の今まで忘れていました)。どちらも間違いというわけではないのです。暫くして何とも言えない悲しみを感じました。それは宇多田ヒカルの "Be My Last" を知るタイミングと符合します。

どちらとも並行して続けるということは不可能なのかもしれません(Aとはロマンスではないままで)。

だけど本質的には一緒です。結局、また感情表現を抑えがちな、何かしら愛情問題がありそうな人を惹き寄せたかもしれません。幾らか楽かもしれないけれど、こちらも何か神聖な関係性の匂いがしています。そして、私がインナーワーク、シャドウワーク、セルフラブ、また、divine timingに任せてサレンダーする、といった事柄に取り組んでいくことには変わりないのです。まるでBに引き継がれたみたいに。

この彼、Aとは、[以前シナストリーについて言及した通り]、ロマンスのケミストリーが弱いといえば弱いです。本物の愛ではありますが。当初はもちろん、"Soul Mate" や "True Love" などが頻発していましたが、「未来は固定ではない」ことを示すかのように、打って変わって、相互のケミストリーが足りないと出るようになりました。まあ私の心がもう離れていたので、心は決まっているようなものでした。こういうTFJの展開もあるということです。善悪ではなくて。そういう選択をしてもよいと自分に許可を出しました。[過去記事]でも言ったように、私はTFが一人とは思っていません。今までの修行は無駄ではないし、恋愛関係として切れただけで、完全にAと切れたのかもわかりません。


愛の終わりは、いつも善悪を超えたところで起こる
――フリードリヒ・ニーチェ


元々がちょっと友愛的でした。もちろんTFJなのでドラマチックではあるのですが、恋愛としては穏やかな愛に感じます。日曜日の昼下がりに公園のベンチでお話しする、という情景が容易に思い浮かぶぐらい、穏やかでした。これが「結婚相性ってやつかー」と思っていたのですが、今まで刺激的な恋愛ばかり好んできた私としては物足りない感覚はずっとありました。TFというのは「性愛」じゃないんだろうと自分を納得させていました。「なぜ彼が好きなのか」についての明確な理由はないと言えばないのです。直感は私に「長い付き合いになる縁の深い相手」だと伝えただけで、ロマンチックな関係だと示したわけではありません。そしてもちろん、TFがロマンスである必要はありません。([過去記事]を参照してください)

「なぜか分からないけど、好き」という人でした。もちろんジャーニー中は猛烈な感情の昂りがありました。が、それはもしかしたら「執着」や「不安」なだけだったのかもしれません。

あるブログでは、「肉体的な彼を愛しているのではなく、魂の彼を愛しているのだ」と説明がありました。3D(3次元)の愛ではないですし、私が精神的に成長した今、物理的な彼はまだ未熟な状態なのでそこに幻滅するのは当然です。私がDFだとしたら、彼はただの男性です。

少なくとも私は今、彼の幸せを純粋に願えています。私が別の人に恋しているように、仮に彼が他の人と結ばれようともそれは彼の自由です。彼の心は、いや、誰の心も本質的には縛れません。彼が「魂の彼」になれるよう、私が手放したことで、彼は「冥界下り」をしているのでしょうから、私はそれを応援しています。愛とは縛るものではないのですね。これが「無条件の愛」というものかもしれません。

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*参考にしたのは、quoraにて、Praanya Panditさんの解答。

**日本語のツインフレーム情報で、「同性同士のTFはありえない」と書いてあるブログを発見したことがありますが、私は支持しません。英語圏では見ない考え方です。私は同性TFの経験がないですが、TFがいわゆる「高次元の愛」、「魂の愛」とされている中で、同性愛を否定する理由が私にはありません。もちろん一般的な恋愛であっても、です。自然界に同性愛なんてたくさんありますよね。だから「生物として自然ではない」という意見には首を傾げます。確かにTFは片割れ(Counterpart)として、「対になること(Polarities)」がたくさんあるコンセプトですが、身体的に同性同士であろうとそれを妨げるとは限りません。TFに限らずとも、誰しも、男性性と女性性の両方を持っていて、一人の体に、「100%男性エネルギー」あるいは「100%女性エネルギー」ということはないと私は思っています。つまりはグラデーションです。これはTFJ以前から持っていたアイデアです。
また、TF関係なく、霊能者を謳う人で、同性愛、トランスジェンダー、性別適合手術に反対し、「高次元の視点から言って間違っている」と声高に唱える人もいますが、全くもって同意できません。凝り固まった狭い人間の考え方だと思います。聞く限りだと、あまりにもこのトピックに理解がなく、知識もないまま、主観で判断しているように感じます。


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