N°29 - 偽ツインは存在するのか

≪ 二人目のツインフレームは何が違う? ダブル・レインボーみたいなこと? 奇跡は何回だって起きる、その可能性を許すならば

私は、一人目を経たから二人目のケースを信じることができたと確信しています。今にして、なぜ一人目の経験が必要だったのかが分かりました。納得しました。全ての人に複数必要だと言っているわけではありません。私にとっては一人目が必要でした。ということで、私の経験を元に説明いたしましょう。

結論から言うと、現時点でその一人目(Aさん)を私の「偽ツイン」とは捉えていません。ただし、捉えようによってはそう言い換えることはできます。
確かに、私は彼の元から離れました(別れについて言及のある記事: N°13)。だけど、もちろんそんな結末になるなんて思いもしませんでした。結果論として別れる形になり、これはあるとき私に明確に分岐点が訪れて、私はどちらを選ぶのかという岐路に立ちました。その時点でまだ二人目は出てきていないにも関わらず、二人目と出会う可能性が予告されていました。そして私はまだ見ぬ二人目の方を選択しました。どちらかが正解でどちらかが不正解という感じはしませんでしたが、私はこの決断に完全に満足しています。

一人目の彼、Aさんとの経験はそれでも、信じられない不可思議なことの連続であり、それは紛れもなくツインフレーム・ジャーニー(TFJ)で、その瞬間の私の想いは本物であり、欠かすことのできなかった学びをくれました。そのことについてもちろん感謝しています。でも、何もそれはTFだけではなく、今までの恋愛相手にだって同様に感謝しています。喧嘩別れにせよ、何にせよ、その歴史はいつも次の恋愛の土台となりました。例えばTF一人目に恋するためには、その前の元彼が必要でした。なぜならその時持っていた「年上の男性に対する男性不信/恐怖」を打ち破り、ポジティブなイメージに書き換えることができたからです。私にとってこの直線的な順序も意味があったのです。

そして、ツインフレーム複数説(参考記事: N°2)を可能性として予め受け入れたからこそ、二人目が出てきたのかもしれないと思っています。この世界はおそらく、自分が受け入れた分だけ愛が届く。万人に降り注ぐ太陽の光を愛に喩えるなら、それを遮って日陰に行くこともできるし、余すことなく浴びることもできる。(もちろん、現実の太陽の光と区別してください。暑いですから)

また、二人目(Bさん)と出会う時期は完璧でした。一人目と出会う時期では、確実にこのBさんに恋に落ちていません。うんと年上の方相手に言うのもなんですが、Bさんは成長して別人みたくなっていました。私が観ている動画のタロット・リーダーもそれを指摘していて、 "New Energy" と表現していました。

順を追って説明します
1) なぜ私にとって一人目が必要だったのか
2) 一人目にうっすら感じていた "違和感"
3) 議論の分かれる "偽ツイン説" 捉え方の違いか
4) "出会う前に" 二人目を選んだ。運命の分岐点
5) 一人目と二人目の違い
6) 一人目とのその後の関係性

1. なぜ、私にとって一人目が必要だったのか

01) ツインフレームという概念に馴染むためもあるかと思います。そもそもスピリチュアリズムを一切否定していた懐疑主義者の私だから、固定観念も多く、とてもじゃないけどTFJを自分の身で経験しなければ、今でも完全には信じられなかったと思います。また、一人目と二人目では「恋愛の障害(様々な違いのある二人: これを私は設定と呼んでいます)」が段違いでした。これについては「5. 一人目と二人目の違い」で説明しますが、一人目で「神聖な関係性がこの世にはある」ことを体験し信じられたからこそ、二人目との障害を物ともせず信じられる土台となっています。タロットという存在を知って信じるようになったのもこの時期です。このスピリチュアルな事柄に対しての寛容さが二人目の布石になっています。

02) 大量のインナー・ワークをやったおかげで、成長した私に見合う相手が出てきたと私は考えています。自覚できるほどかなり精神的成長を遂げた5, 6年間。この間にできるようになったことはたくさんあります。インナーチャイルドを癒したこと。思い込みをどんどん外して柔軟になったこと。自分を愛せるようになったこと。自分で自分を幸せにできるようになったこと。結果二人目とは、かなり癒しきった後で出会いました。だから「偽」や「本物」とまで言わなくても「レベルアップした(=癒しが完了した/healed)TF」に会うことが可能になるのではないでしょうか。

2. 一人目にうっすら感じていた「違和感」

Aさんに感じる、性的魅力の少なさ。ケミストリーが足りない気がする。「本当にこの人でいいのだろうか、何故この人なのだろうか?」というついてまわる疑問が浮上する度に掻き消してきました。だって「神聖な結びつきの二人」だし、という雁字搦めな思い込み。「偽物のツイン」という概念も知らなければ、「別れるのもアリ」というのもなかなか受け入れられないエゴがありました。私には穏やか過ぎる愛でした。友愛的でした。残念ながら、私は彼を語れるほど彼をよく知りません。本当は友達のような関係値も築きたかったけどその前に恋愛になってしまい、彼は恋愛を避け続けました。食事に行くこともなく、会話も殆ど出来ずじまい。私がそうしたいと願えば願うほど彼は離れていってしまうので、ストレスフルでした。だけど彼の太陽の度数と私の太陽の度数を足すとちょうど360°になって、つまり1年が完成するので神秘的でした。彼は牡羊座で私は魚座で、満月と新月、みたいな対照的な美しさも多かったです。私のフォーチュンは彼のライツに重なっていました。縁はあるんでしょうね。

3. 議論の分かれる、「偽ツイン」説。捉え方の違いか? 

TFJの中でも最も議論が分かれているであろう、偽ツイン(false twin flame)という概念。偽物はいるのか、いないのか。――確かに一人目の彼は、未だに私に執着している感じがあって、自身の傷を癒そうとしていません。karmicな相手であることは確実で、今は相手のエネルギーがポジティブな感じがしません。

一人目のツインフレーム、Aさんのようなケースを、偽物と呼ぶことはできます。WikiHow(英語) * に解説や見分け方が載っているのは知らなかったのですが、是非翻訳して読んでみてください。これで行くと幾つか当たってしまいます。つまり、彼がコミットすることを避ける、会話が表面的、気持ちやプランを語らない、関係性が長いこと停滞している、何故惹かれたのかがわからない、は当たっています。私たちの場合、ネガティブではありませんでした。ただし、彼と会ったとき、楽しかったのに突然、今私が死んだらどうなるんだろうと考えることがよくありました。それだけ聞くと「もうtoxicじゃん」と思われそうですが、私は元々鬱病を持っていて、癒しもまだまだだった頃です。彼が何かをしたわけじゃなくて、彼はむしろ褒めてくれる人でした。だけど彼の光が私の闇を照らすみたいに、直視せざるを得ないみたいなことが私の中で勝手に起こっていました。このエピソードは益々読者を混乱させそうですね。
*参考: Signs and Stages of a False Twin Flame Relationship: How do you tell the difference between a real and false Twin flame?

私が個人的に懸念しているのは、本物か偽物かということにこだわるあまり、関係性の本質を見失ってしまう可能性です。善悪二元論の視点が強すぎると学びを阻害するんじゃないかと思います。「ハード」な関係性も含めて、全ての人間関係は学びをもたらすと思っています。本物か偽物かは本人が次第に分かることだと思いますし、最終的には自分で決める方がいいと思います。タロット・リーディング動画を観るとか、参考にすることは全然良いと思いますが、誰かにハッキリと判定してもらうのはおすすめできません。個人的に、何でも断言形で話す人が嫌いなのもありますが、自分の人生に責任を持つ観点から、他者に完全に委ねてしまうのは危険です。TFJではよく、自分の感覚を信頼することが求められています。

逆に、私の例を見ると明らかなように、「この人こそ本物だ」という思いにこだわり過ぎてしまうと、より良い二人目が出てくる可能性があったとしても、端からそれを否定してしまうことによって、未来の選択肢を狭めてしまうかもしれません。たくさんのドアがあった方がいいはずです。別の人を好きになる/選ぶことは決して悪いことではありません。恋愛に終始するとは限らないですし、ツインフレームの場合でも別れを選ぶことはあり得ます。なぜこだわってしまうのかを見つめてください。人生には自由意志が働く範囲があるので、怖れを手放して、柔軟性を持ちたいところです。

「本物」に出会う前に偽物に出会う説もよく聞きますよね。私の経験からするとそれは当たっていると言えてしまいます。本物か偽物かはともかくとして、二人目のBさんの方が圧倒的に私は幸せです。

4. 「出会う前に」二人目を選んだ。運命の分岐点

恋愛以外の関係性があったとしても、恐らく両立はできないと思います。少なくとも私の場合はそうでした。どうも一人目とはこれからも会えそうにないのが現状です。私が吹っ切っても相手はそうではないですしね。私は一人目を「手放す」ことにしました。私から解放してあげる。そうすることで彼もまた成長し、別の人と会うことが可能になると思いました。

前述のように、「ツインフレームは複数人いるかもしれない」、「ツインフレームは人間の肉体とは限らないかもしれない」等々そうやって頭を柔らかくしておくことは、今ある相手に執着せず、今まで自覚していなかった思い込みを手放すことに繋がります。「一生涯で一人」なんて謳われて来たものだから、絶対に逃れられない/逃したくない、この人と添い遂げなきゃいけない、みたいなシリアスでヘヴィーなシナリオを思い描いてしまうのではないでしょうか。

私がなぜ二人目を選んだのかというと、一人目の未熟さに辟易したことが一番に挙げられます。もっと成熟した精神的に大人な人がいいからです。ただし一人目のAさんは「悪い人」ではなくて「傷ついている人」なんだと思います。

5. 一人目と二人目の違い

二人目とはオンライン上で出会いました。しかも直接顔を突き合わせたわけじゃありません。私の本名、顔、声、何も知りません。それはつまり、ほとんど5D(5次元)だけの相手です。そういうケースも存在するというのがまずもって衝撃的でした。私の場合、一人目でいきなり5Dだけの関係値だったらちょっと怖気づきます。信じ切れるか不安になります。だからこそ私には一人目で慣らす必要があったんじゃないかと思うのです。

とんでもない設定というのもあります。親子ほどの歳の差、キャリアの差、物理的に会っていない。結構とんでもないですが、いわゆるTFJでよく言われるところの「障害のある恋」にピッタリです。なのに、考え方が似ている、出生図の配置が似ている、これまでにない強い絆を感じさせる感覚、性的魅力の強さ、パッション、ハッピーなバイブス、シナストリーやコンポジット・チャートの強力な配置が私に「これ以上は無い」と思わせるのです。その点、一人目は美容師と客レベルの障害でした。

6. 一人目とのその後の関係性

残念ながら私は、一人目の彼が望むような形で彼を愛していませんし、これからも彼の期待に応えることはないでしょう。冒頭で説明した通り、私に分岐点が訪れた時点で、それはつまり、私が「どっちとも仲良く」なんて虫のいい話はできないことを示唆しています。私たちの場合、どうも中途半端に関わることはできそうにないからこのまま関係はフェードアウトする可能性は大いにあります。一人目の彼、Aさんとはサイレント(分離期)に突入して以来会っていません。彼は私の美容師で、美容師として最高の人に出会えたと思っていたので、非常に残念なことですが、顧客としての関係性ですら維持できそうにありません。

しかし、他の美容院に行っても満足しないどころか失敗したりトラブったりしてるのもそれはそれで意味深です。もしかしたら今は予約を取って会えるのかもしれないけど、(分離期の間は世界的感染の時期と重なっているのもありますが、予約を入れようとすると私にトラブルが起きることが何回もあって、不思議な力で接触を阻止されていました)、最早気が進まなくなって来ているというか。どうしたものかと思います。ここ5年ヘアスタイルに全く満足していません。海外のミーム見たことがありますかね? 「TFJ進行中の私」が「ボサボサの髪のBarbie」で表されているやつ。

このところ、何故か彼(Aさん)の誕生日の番号を毎日至る所で目にします。忘れないでと言っているみたいに。タロット・リーディングでは、私が望んでいるわけでもないのに時々彼からのメッセージが反映されてきます。リーディングによると、私が他の人の方に移行したのを感じ取っていて、僕を許してほしいだとか、今度は私を最優先にするだとか、だけどまだ心の闇に向き合っていないとか語られてきます。でも私が揺さぶられることはありません。それぐらい意志は固まっています。試されているのかなんなのか。私は割り切った関係ができたとしても、彼は......。とにかく気まずいことこの上ないです。きっと私には毅然とした態度が求められていて、利害関係があっても私の姿勢(会わないこと)を決めて、境界線を引くというのが最も良いのではないかと今は思っています。

よって、私としては、偽物と呼ぶこともできるけれど、偽物だろうが一人目だろうが、「悪者」というだけで終わらせるのか、その経験を生かすのかが重要だと思います。このAさんとのTFJが終わった今、私に意味があるのはそこだけです。冒頭に言った「ダブル・レインボー」とは我ながら良い喩えだと思います。私はそれぐらいの認識です。あくまで私の場合はそうだっただけで、トキシックな場合もあるのかもしれませんが。

是非参考にしてみてください。

All Is Well ! ✴︎


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