N°40 - 赤い告白 LA CONFESSION D'AMOUR, SE4
“わたくしって、おばかさんだったわね。でも、あなたも、わたくしと同じくらいおばかさんだったのよ“
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前回のローズの回[N°39]で、薔薇は「秘密」のシンボル。転じて、キリスト教の「告解」(Confession) のシンボルになったことを覚えていますか?
そう、バラは自らの想いを明かしてきませんでした。「沈黙」していました。そしてとうとう、王子がその星を離れるときになって初めて告白したのです。愛の告白を。
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王子さまはまた、少しばかりふさいだ気分で、バオバブの芽をひとつ残らず摘み取りました。もう二度とこの星には戻らないにちがいありません。王子さまにはそんな気がしました。それだけに、かえって、いつもの、こうした作業の一つひとつが、その朝はむしょうにいとおしく思われたのです。そして、花に最後の水やりをし、ガラスの覆いを被せて守ってやろうとしました。と、そのとき、王子さまは今にも泣きだしたい気持ちがこみあげてくるのを感じました。
「さようなら」と王子さまは花に言いました。
けれども、花は答えませんでした。
「さようなら」ともう一度王子さまは言いました。
花は咳をしました。もっとも、その咳は風邪の咳ではありませんでした。
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「わたくしって、おばかさんだったわね」と、とうとう花は王子さまに言いました。「ごめんなさいね。幸せにおなりなさいな」
花が非難がましい言葉はなに一つ口にしないことに、王子さまは驚きました。
ガラスの覆いを手に持ったまま、王子さまはすっかりどぎまぎしていました。なんで花はこんなにしとやかで、やさしいのだろう。王子さまには皆目見当がつきませんでした。
「そう、そうなのよ。わたくし、あなたを愛している」と花は王子さまに言いました。「そのことに、あなたはまるで気づいてくれなかった。それも、わたくし自身のせいだけど。そんなこと、もうどうだっていいんだわ。でも、あなたも、わたくしと同じくらいおばかさんだったのよ。幸せにおなりなさいな......。そのガラスの覆いは放っておいていいの。もう、わたくしには要らないわ」
「でも、風が......」
「わたくし、大した風邪をひいているわけじゃないの......。夜風はきっと体にいいわ。わたくしは花ですもの」
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「だけど、虫や動物たちが来るでしょ......」
「毛虫の二匹や三匹はがまんしなくちゃね、チョウチョウと仲よくするには。とても美しいらしいわね、チョウチョウって。チョウチョウと仲よくしなかったら、いったいだれがわたくしを訪ねてきてくれるの? あなたはもう遠くへ行ってしまっているし。体の大きな動物だって、わたくし、怖くはないわ。わたくしにも爪があるもの」
そう言いながら、自分の四つのトゲを花は無邪気に見せました。
そして、言い添えました。
「そんなにいつまでもぐずぐずしていないでよ。いらいらするわ。出ていくって、あなたは自分で決めたの。もう、行きなさい」
花は、自分が泣くところを王子さまに見られたくはなかったのです。それほどまでにプライドの高い花でした......。
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バラは、彼なしでは永くは生きられないでしょう。それに彼女自身も永く生きることを望んでいません。どんなにバラが美しくても、その美が「すばらしい人生の約束」をしても、手厚く保護されなければならない儚い存在だからです。バラは死を宣告されました。愛の死も......。ペトラルカの凱旋の順番を覚えていますか? それは以下の通りでした。
「愛」、「純潔」、「死」、「名声」、「時」、「永遠」
本当はすべて知っているのです。トゲが役に立たないことも、自分が非力なことも、強がりな性格が災いしてちいさな王子を困らせていることも。彼女は悟ったと思います。これは、永遠の別れなんだと。「アデュー」 (Adieu) とは、永遠の別れのときに使われる特別な「さようなら」です。実際に原語でも王子はアデューと言ったようですね。私はここに dieu (神) という単語が隠れていることに気がつきました。そうです。この語は、à Dieu = to God 「神のもとへ」が語源であると辞書に書いてあります。
その上で、バラは留まってほしいとは言いませんでした。それはプライドもあるけれど、彼の幸せを尊重したいという愛の気持ち故ではないでしょうか。だから「幸せにおなりなさいな」と二度も言うのです。いつものバラの会話とはまるで違うことは引用の最初の方で示されています。
本当に泣ける場面です。「チョウチョウと仲よくしなかったら、いったいだれがわたくしを訪ねてきてくれるの?」というのも悲しいです。だけど、もはや引き止めることはできない。「あなたはもう遠くへ行ってしまっているし」は、目の前にいる王子の心が既に自分から離れていることを感じ取った表れです。王子の出ていくという覚悟も感じたし、それは自分の蒔いた「種」でもありました。泣いているところを見られたくないという気持ちもわかります。
そういうわけで、秘密のシンボルである薔薇は、このバラが王子への自分の愛を秘密にして、最終的に告白したことと重なる見事な隠喩だったのですね。
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