sep.25 -
人生の意味とはなにか。目的を知ることで安心し情熱的な意欲を持つ人もいれば、それが枠や義務のように感じかえって反抗したくなったり、また虚しく感じる人もいると思う。当然ながら私は基本的に後者なのだが、かといって使命だとか役割だとか生まれてきた理由というものに興味がないわけではない。至る所に相反する気持ちは共存するもの――。
私は常に「コレ」って思えるものを探してきました。周りの人間が人生の早くから見つけていた自分だけの進路、夢、情熱を捧げられるもの、行き先、ゴール、それが私には見つからなかった。即ち「道が決まらないこと」が積年の悩みでした。具体的に私は社会での役割、天職に限定していたのだと思う。
しかし仮に私が、「あなたの生まれてきた意味はこれよ」、「これをやるためにこの地にやって来たの」と提示されたとしても、一時的には「おおっ」とはなっても、素直に喜べない自分がいるだろうと容易に想像します。というのも、それを義務や責任だと捉えてしまい、途端に輝きと本質を見失ってしまうからです。楽しくなくなる、冷めてしまう。ふーん、そんなものかというか、モチベーションが上がらないというか、侘しい。
だから先程の「道が決まらない」という話も、「実は私は、はじめから道を決めたくないのかもしれない」という可能性に今気がついて驚いています。実は『愚者』状態を望んでいるのではないか?
RPGで言う所の「魔王を倒す」という明確な目標があったなら、「自分は正しい道を歩いてるな」と分かるし、周囲にとってもそれは明らかだから茶々言われることもない、進捗状況も明確、常に何をすればいいかがわかって楽で安心だから、それを羨ましがっていたというのに、それはラスボス手前でゲームを放棄してしまうあの現象と似ている気がします。(これについてマヂラブの分かりやすい話があります*1 +後述)
以前ご紹介した、末期癌を臨死体験後に完全治癒したことで知られるアニータ・ムアジャーニさん(参考: N°32 )によると、「人は誰しもここ(地球)にいる意味を持っている。自分の目的を知ること/理解することこそが私の命を救った。そして、自分を愛することが重要なのは、自分の目的を求める必要がなくなるからだ。それは自ずとあなたの前に展開されてくる」とのことです。必ずしもそれは職業という形を取らない。すべてのものは目的を叶えるためのツールである。さらに私たちはつい世界に影響を与えられるかどうか、人の役に立てるかどうかを考えてしまいがちだが、それを叶える最善策は「自分の内側に入り、心と情熱から行うこと」であると。目的を見つけるための最初のステップは、「朝ベッドから起きてすぐにでも取り掛かりたいと思えるような情熱を見つけること」だと言います。「人生の目的とは本当にワクワクするもの」のようです。(詳細はリンク先にて)*2
そして私はあるとき、かつて好きだったものに何も関心が向かわず、心が動くこともなく、何もやる気が起きず、何も楽しくなく、空虚で抜け殻のようで退屈した毎日だったので、聖母に「情熱的になれる何かを見つけるヒントをください、導いてください。私が今この状況を作っているのだとしたら私の何がそれを阻んでいるのか教えてください」とお願いしました。翌日のマリーオラクルカードに「サイン」が出て、私が真意に気がつくまでメッセージが隠されたサインを繰り返し見るのだといいます。その日から私は何度も12:34を目撃し、それはいわゆるエンジェル・ナンバーと呼ばれるシークエンスですが、いつも参照している日本語ブログではなく何とは無しに英語で意味を検索してみることにしました。そこには興味深いことに、数秘術やツインフレームの場合の他に、聖書の12:34節からの引用もあって*3
Wherever your treasure is, there the desires of your heart will be (also).
「あなたの宝物があるところに、あなたの心の欲望もある」という直訳になりますが、文脈的にお金や地位や名声といった世俗的/地球的なものを追い求めるよりも、精霊や神のような高い意識と繋がって人生の真の喜びや意味を知ることを説いているらしいです。心は知っていて、心が追い求めるものは自然と指し示している、繋がっているということだと思います。このdesireという語が私には良かったです。それこそ求めていたもの! (幾つかのバージョンでこの語がなかったりします)
そして私は、以前から気になっていた、NHK出版の100分de名著『人間の大地』を買い控えていた自分に気がつきました。私がこうしたときに渋るのは、本当にそれは役に立つものか? ためになるのか? 得られるものがあるか? という観点から吟味したいからです。無駄が嫌いなのです。だけど私の心は楽しそう、興味あると言っている。こうして自分で自分の喜びを妨げている。これこそ私を熱中から遠ざけていた要因ではないかと思うに至りました。聖母に感謝です。
タイトルは以前から気になっていた英単語、「熱狂」 (enthusiasm)にしました。語源はギリシャ語で「心の中に神が入り込んだ状態」(be inspired or possessed by a God)。たぶんこれは熱中よりも数段狂った状態を指している。宗教的狂信も意味する言葉ですが、熱意というものに神が関与しているという視点が面白い。また、パッション(Passion)という語はキリストの受難を指す言葉でもあり、それが語源になっているのもまた興味深いです。
それで私が本当にそれに熱中するか分からないまま購入して、見事熱中したのです。私が最近こうして「SE」とタイトルの最後に番号をつけてサン=テグジュペリの話を繰り返ししているのは実はそうした始まりでした。訳もわからず熱中し、次々に閃くわ、筆が乗るわで、今までにないぐらい猛烈に書いていたし、楽しみながらやっていました。本来は『人間の大地』を深掘るはずがなぜか『星の王子さま』を語りたくなって、あれよあれよという間にそれがタロットの『神の家(塔)』に通ずるなんて思ってもみない発見でした。ちなみにこれが『悪魔の家』と呼ばれた訳すらも解読したのです:
- それは、聖バルバラの「異教徒の父」やラプンツェルの隣人「魔法使い」がキリスト教にとっての「悪」に他ならないから、悪魔が使った塔としての意味。そして、無実(なんならクリスチャンという「善」)の人物を閉じ込めたという物語で、最終的には神の力によって制裁や奇蹟が起こり、勧善懲悪が果たされたから。この解釈では「神の家」と「悪魔の家」というタイトルの意味は矛盾しないことになる。参考: N°42
この過程で、エピファニー(epiphany)とセレンディピティ(serendipity)の両方がやってきたと思っています。しかも不思議だけれども、次々と降り注いでくるインスピレーションによって内容が導かれている気もするし、私1人で書いているのではないのかもしれないとさえ思いました。神が私の身体を借りて書いているのか、私が神の意志を聴いて書いているのかわからないのです。ロマンチックに表現すると、守護天使と共同で書いているような体験でパワフルでした。佐村河内以来のゴーストライター使いだ。(追記: 自動書記こそゴーストと言っていいのにね)。
寝る間も惜しんでやっていたのでそろそろ休憩しようかと思っていたら、やはり熱量も下がってきました。いいのだか悪いのだか。
「熱中」とはここでは、人生の目的や意味に関連させてきました。だけど延長線上にはネガティヴな表現に近しい場合もあるのではないかと思いました:
- たとえばそれが、地位、恋人(愛)、お金(豊かさ)、過去、現状、などに熱中しすぎて身を滅ぼすほどの執着にまで発展した場合: それは、所有していない/今後できないかもしれないと思いから固執するのでしょうか。恐れ。自分の手から滑り落ちるかもしれない? 他の道では幸せになれないと信じている。どうしたらそれが手に入るのか手立てが分からない。失う恐れ、欠乏感。――恋人の例が分かりやすいかと思いますが、(物理的/肉体的/精神的に)、一体感を十分に感じられていないことが不安に繋がるのですよね。きっと。つまり分離の意識にある。アニータさんによると、豊かさも愛も「受け取る側」-「与える側」の構図ではないんですって。そう捉えるのではなく、「あなたは豊かさそのもの、愛そのもの」という認識こそ統合の意識なのだと。要はワンネスです。意識の単位で私たちは一つだから追いかける必要もなければ、逃げるものもいないという理屈。
- 例えば、ツインフレーム(TF)なら、私=あなた、ってよく語られるところで、意識の上では同一なんだと思います。私もなんとなくそうかもぐらいの認識ですが笑。「もう既に結ばれている、確約されている」そういう感情が私たち(少なくとも私)の求めるところであって、それを先に感じてしまうがよろしい。目の前に対象がいなくても安心感を作り出せれば囚われなくなる。私の場合は豊かさですが、もしかしたらTFと逆になるかもしれません。物質-精神で、それぞれ苦手意識を持つ世界があるのです(2-8h)。どこまでいっても鏡になっています。だからよく分離期は幻想だと言われます。本当の意味で分離してることなどないからです。それを言ったらこの世のすべてがそうですが。あの先程のマヂカルラブリーの話に通じるのですが*1、「何でも買える大富豪になったとしたら、もうそれを買う必要がない理論」を話しています。「ゲームクリアすると分かった時点で実質クリアじゃん(=だからそれ以上やる必要がない)理論」です。この喩えで magical lovely っておもしろいですね
- そういう愛し方なんだと言われればそれまでなのですが。偶像崇拝の禁止みたいな難しさがあります。分かりやすく冥王星/8h/2h/蠍座/牡牛座的なイメージをしますけど誰にでもどこかしらにそれはあって。特に冥王星/8h/蠍座は死とも関連づけられるので消滅や生命の危機というイメージが一層目の前の対象を握りしめたい衝動になるのかもしれない。私の豊かさを失う恐れは生存出来るのかという恐怖に結びついています。それを打ち消せるのは人智を超えた法則だと思っていて、つまり死んでも魂は永遠だとか、神ないし宇宙が助けてくれるんだという信頼(平たく言えばなんとかなるという楽観性)や降伏(surrender)の意識に置き換えるのですが、再度ふつふつと浮上することもあってその度に信念が問われます。8h/蠍座/牡牛座の感覚がよく分かってないのであまり言えることじゃないですが、束縛や独占欲が愛だと思う人もいますよね。所有されていることに安心するような。だけど恐れや不安で本人も相手も苦しいという場合はやはり違う表現が必要ではないかと思ったりします。追加: 責めたいわけじゃないです。究極的に言えば人は一人で生きられないから誰しも依存しているし、ペアの相乗効果で上手くいくパターンあるでしょう。
- 依存という表れもありますね。ゲーム、スマホ、アルコール、ニコチン、パチンコとか。私たちは自我を失う(融解させる)ことに恍惚とする生き物だと思うのですが、心ここに在らずというか、意識が飛んでいる状態。夢中になる状態ならまだいいけどそれが日常に悪影響を及ぼしたら問題ですよね。かといってその時代の正しさによってあまりにも禁欲的になるのも違うと思います。誰しも多分そうした逃避場所は必要で、程度は人それぞれ、それによって現実に対処するのです。海王星/魚座的な話ですね。
使命や役割というテーマのとき、人生の最高到達点とも言われるのがホロスコープ上の「ミッドヘブン(midheaven/MC)」ですが、私のMCのサビアンは蟹座9度「水の中の魚へと手を伸ばす小さな裸の少女」で、私はいつも『星』のカードの図像を思い起こします。でもそちらは大人の女性が水を捨てているんですよね。魚というのも『カップのペイジ』を思い出します。星もまた実は難しいカードのような気がしますが、『神の家/塔』の直後だから解放されたラプンツェルが落ち着きを取り戻そうとしているみたい。猫でいうグルーミング。でもタワーでできた大きなトラウマに本格的に向き合うのは『月』のような気がします*4。
このサビアンでは純粋な愛の動機が必要なのかもしれないと思います。私はたぶん、根底では人が好きなのかもしれません。普段意識してないですし、決して私は聖人ではありません。悪意を持つこともあるし、許せないこともあるし、りゅうちぇるの言葉を借りると、嫌いな人間は4000人います(まずそんな数の人間に会っていないが)。だけど気になった人に関しては、この人を理解したい、寄り添いたいと思うことが多いです。例えば芸能人なら生い立ちがやけに気になってしまう。それも蟹らしいのか。しかしそれが深い共感と言えるのかはよくわかりません。少女ですしね。私が思っているより浅瀬の理解かも。「何がこの人にそうさせたのだろう」という背後の心理が知りたいし、「人の痛みがわかる人間でいたい」というのは結構根底の願いとしてあります。「裸の少女」なわけだから、こちらもありのままをさらけ出すことによって他者への共感を示せるのだと思います。そして私は秘密主義とは思えないほどこうしてべらべら自己開示をしているのでまさしく裸一貫で相対している所存です笑。それで私の書いている内容というのは、意図せずに共感を(時間は掛かったとしても)示せているんじゃないかと私は信じているわけです。なぜなら使命とは、勝手に達成されているものらしいので。
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*1 - マヂカルラブリー よしログ「億万長者にとっての1万円は自分にとっていくらか計算した」Link: それを手に入れられたと分かった時点で買わなくていい理論。裏を返すと引き寄せの法則で言われる「既に持っている、叶っていると思え」理論と似ている。限定品だとか、今必要だと思わせて購入させるのはビジネスの基本ですもんね。 *2 - 翻訳してくださっている方のブログページ: Link と、アニータさんオリジナルのytライブ動画(英語): Link *3 - Tiny Rituals: Angel Numbers 1234 Numerology Meaning - Career, Love, Spirituality & More: Link *4 - そういえば『月』のカードに魚はいない。RWSでは犬や狼。でも夜に関連されやすいのは猫ですよね。最近は、yt観てると広告が明らかにAIを使ってる偽物の動画が増えましたね。芸能人の既存の動画を持ってきて口調は絶対ディープフェイクだろってものが。igでもytポストでも(たとえばBeyoncéのビーチの投稿)AIをこっそり使ってるものって何故か気づくんです。でも気づかない人もいるんだろうな、実際母は見抜けなかったしそこが恐ろしい。なにか違和感がある。技術が上がればさらに見抜けないだろう。悪い使い方というか。その、明らかにインスピレーションとして例えば貝殻のベットとかあったらいいよねみたいな家具紹介にありがちなAI投稿は良いんです。でもリアルに紛れ込ませた、擬態した気持ち悪いやつのことを言っています。よくパラレルワールドなのか異世界なのか、少し前の下北沢は霧に包まれた日だとトリップ(タイムスリップ)しちゃうという話を耳にしましたけど、そういう偽物の世界くさい。得体の知れない、虚像、蜃気楼、まやかし。それを思い出しました。
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