私は、このトキシックな人間関係やシチュエーションから完全に離れることを自分に心から許可できていないのかもしれない。それは間違いなく大きな変化だから、恐怖はもちろんある。どうやって到達するかビジョンが見えない状況で、経済的に自立し自由になって、彼らと縁を切って、ネガティビティに自分を明け渡さないように毅然とした態度で境界線を引く――。 言うことは容易くて、実際少なからず情は出てしまう。彼らと笑って過ごせるときもある。それは気まずい不調和の空気を笑いに変えてきた私が作り出した矛盾だ。DVの関係性がよくそう言われているように、私はわかりやすくその関係に陥ってはいないけれど、コントロールやマニピュレーションの作用は同じことで、どんなに分かっていても断ち切ることは自分の一部を切り落とすみたいに痛みを伴うと思う。 彼らはハリポタのドローレス・アンブリッジみたいに " pure evil & bixch " というよりかは、トム・リドル " those who never understand love " 的なんだ。それでも同情する義理はないのだが。 私が20歳のときには無理矢理縁を切ろうとした。そのために必死に働き過ぎて、結局身体と精神がボロボロになって十分な貯金ができず失敗に終わった。今にして思うと、あのときから今までの間にこの家で更なる学びを得ることになったのだからあのタイミングではなかったのだと思う。まだ全然癒されていなかったし、そういうときに無理矢理外部に出ても新たなトキシックな関係を作り出してしまいかねなかった。 私の言ってることが地に足がついていないのは分かっている。普通に考えたら、その時選べる最適な仕事に就いて貯めて出ればいい話だって。それが出来ないからこうなっている。私は機械的な仕事、事務的な仕事に絶望的に向いていないことが経験から分かっているし、そういう仕事がしかし求人にはありふれていて、私に合っているとされる海王星のような変な仕事は狭き門な気がしてならない。メンタルを患っていながら仕事をするのがどうしても続かなくて、おまけに行くところ行くところ業務がハードワークになりがちで、このままじゃ自殺すると思って退職するの繰り返しだ。私は注射器、血液、薬の恐怖症( Blood-Injection-Injury ...
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