N°47 - 儚いあなたのトゲになる LE PAYS DES LARMES, THE LAND OF TEARS, SE7

Oct.5

少し難しくて放置していたサン=テグジュペリの話を再開しましょう。前回(N°41)は『星の王子さま』の第1章-5章まで行って、途中(N°42)バオバブの木とフランス版タロットカードの『神の家(塔)』の考察を挟み、第6章まで来ました。サン=テグジュペリ(Saint-Exupery)のタグを作ったので一覧してください: list

VI - 6章は短く、日の入りの話だけに捧げられています。4日目の朝、「ぼく」は王子の「ささやかな、もの悲しい暮らしぶりがわかってきました」。

「君には長い間、日の入りの穏やかなさまだけが心の慰めでした」

王子は、作者が亡くなった年齢の数と同じく、「ある日は44回も日が沈むのを見た」と言います。(私にはわからないけど1年で1回転する天体もどこかにあるのかななんて想像しました)。王子の星は小さいので2, 3歩自分の椅子を動かせば何度でも夕日が見られます。対して、地球で考えますと、アメリカの正午はフランスの日の入りだと説明されます。たったの1分でフランスに移動できればその日の入りを見られるけど、残念なことにフランスは遥か遠くにあるという箇所は、明らかに祖国フランスを飛び立ちアメリカに亡命した作者の想いを映し出しています。彼はアメリカのお昼にフランスの日の入りを見ていたのでしょう。実際に目に映るのはアメリカのお昼だけども彼の心はいつもフランスにあって、「目に見えるもの」と「目に見えないもの」が交差する。彼はフランスの景色の中で見る日の入りを想像していたのです。

この『星の王子さま』という作品は太陽が一つのキーワードなのでしょう。バラは日の出に生まれました。日の入りに慰めを求める王子とは対照的にバラは人生の最初から華やかな存在であり続け、生命力に溢れているかのようです。実際そのときに花が開いたのですからね。太陽の輝きを存分に浴びた煌びやかで麗しいバラとは違って、王子の心はまるで曇り空のように繊細で。段々と暗くなっていく世界を自分の心にリンクさせていました。しかも44回も見たい。数えてすらいる。いや、適当な数字を言ったのかもしれない。王子は月を求めてない。夜を求めているわけじゃない。あくまで長いこと夕日を見ていたいのです。

それはちょうど、悲しいときに悲しい曲をしんみり聴くのと似ています。自分が落ちている時、ギラギラしていかにもハッピーな明るさというのは自分の心とのコントラストを強めてしまって鬱陶しかったり、惨めになる。無理矢理一足飛びに浮上させることはできない(タロットの『星』『月』を思い出す)。「元気出せよ」と言われて元気出るはずもなく、励ましの前に慰めが必要です。一旦ニュートラルとまでいかなくても数直線上の0に近いところまで持っていかないと、プラスの感情に触れても不貞腐れてしまう。悲しいときというのは負い目もあって、悲しいと感じていることすら責めてしまうこともあるかもしれません。でもやっぱり、心というのは海のように波だっているもので元々だから、365日ネジが飛んだように明るい奴よりも気分の浮き沈みが多少なりともある方が友達になれそうな気がします。

追記: 君には長いこと夕日の穏やかなさまだけが慰めだった、という意味が分かりました。これは私にとっての音楽です。マーラーを聴くことと夕日を見ることは同じ意味です。誰も周りに自分の不幸や悲しみに共感してくれるものはいない。非人間的なものを求めるほかない。これだけは自分の心に寄り添ってくれる。だから悲しみの王国は孤独なのです。参考:N°51

だけどなぜ月ではないんでしょうね? 作者が飛行機乗りだから夜間飛行は危険極まりないし、そもそも月は満ち欠けてしまって闇に潜んでしまうときもある。夕日は切ないけれどもオレンジの暖かみは存在し、夜に比べるとまだどこか元気でもある。必ず昇ってくる太陽は不死鳥のようであり、古代エジプト人にとっての復活であり、なんとなく私たちのイメージする希望のシンボルでもありますね。私は夜生まれだからか、月よりも太陽を見ることの方が圧倒的に好きです。夕日でもいいけど日の出の方が好きかもしれない。逆に、真昼間に生まれた家族は月を見る方が断然好きだと言っていました。データがこれしかないから何とも言えないけれど補完なんでしょうか。

「ねぇ分かる? ......心がほんとうに悲しいとき、人は誰だって夕日が見たくなるものなんだよ」
「ということは、44回も日の入りを見た日は、君はそんなにも悲しくて悲しくてしようがなかったんだね?」
  ぼくがきいても、王子さまはなにも答えてくれませんでした。

そもそも王子はなぜそんなにもメランコリックなのかという謎は明かされていません。サン=テグジュペリ自身の幼少期は寧ろ幸福の思い出の方が強かったと思います。彼自身がいつも大事にしていたようですし。だけどここでいう「王子」は「過去の自分」というより、「作者の心」そのものでしょうか。44倍悲しいその日がいつの日なのかわかりません。作者にとって特別に悲しい日があったのかもしれません。

NHK出版「100分de名著 人間の大地」のp.20には、野崎歓さん曰く、サン=テグジュペリは没落貴族の出で、飛行士たちは「精神の貴族」とも言えるある種のダンディズムを持っていた。苦労話や自慢話を一切せず、貴族たるもの、自分の感情をあれこれしゃべり散らかしたりしない。それが彼らの美意識であり礼儀であると。「ノブレス・オブリージェ」(Noblesse oblige)、つまり貴族たることには義務が付随する。義務を果たすから高貴さが生まれる。
それは確かに美しい一つの価値観かもしれません。その美意識を選ぶことを否定するわけではありません。ただその分感情を一人で処理しなければならない孤独さがあるのかもしれませんね。なにしろ王子の星にはバラが来る以前、話し相手となるものが誰もいませんでした。そして慰めになるような美しさもなかったのです(夕日は星の持ち物でもないですし)。だって、もし私が自分の心の星を描こうものなら、必ずそこにはユニコーンと守護天使がいるでしょうし、猫だってピカチュウだって鎮座することでしょう。だけどセルフケアが行き届かなかった数年前までならその星は廃墟と化していたことでしょう。自分の星(心)なら何がいて何がいないのか、そうして想いを巡らせてみると人それぞれの心模様が映し出されることと思います。

作者にとって、彼の孤独な心を鮮やかな色彩の世界に変貌させてくれたのは、バラが象徴する「愛」、そして妻「コンスエロ」の存在でしょう。アルゼンチンを旅したときに出会った彼女は南米出身。バラは、この星の原産ではなく遠くから種が飛ばされてきたとあるのでまさしくと言ったところ。

現在のフランス人の実体は知りませんが、こんな短い動画を観たことはありませんか? 世界各国で初めてカラーTV放送が流れた瞬間の映像を集めたもので、オチにフランスが使われています。残念ながら日本はありませんが、これ面白いんですよね。: Link (Instagram reel)
ヒャッハーするか大統領がうやうやしく発表するかしてこの歴史的瞬間を喜ぶ中、フランスは何事も起こらなかったかのように紳士らがただそこに立っている。平静を装っているのか、本当に感動の心を失くしたのか。

私は先日、男性の感情の複雑な関係性について述べました(N°45) 彼らの表現はあらゆる領域で制限されていることでしょう。たとえば男性の服装にはあまりカラーが見られませんが、これには服装によりステータスが計られること、そもそも高い地位を求められること、その他あらゆる歴史的背景が関係しているようです*1。別にダークカラーを選ぶことが悪いのではなく、選択肢の豊富さと選択の自由の話をしています。男性のファッションはランウェイを見てても制限を感じる。誤解を恐れずに言えばboringです。対して女性は何らかの色を纏うことに心理的/社会的に制限されることなどない。そりゃ昔は、ココ・シャネルらが改革するまで何らかの縛りはありました。だけど女性たちは年々自由になっている。たとえば、男性の私服時のバッグのバリエーションや遊びの要素はあまりないですよね。種類が限定的で、そもそもバッグの有無からして難しい。男女とも雑誌やネット記事は未だに「異性から見てどうか、XXはダサいよ、モテないよ/選ばれないよ」という恐怖を植え付ける戦法だから随分と卑怯です。私の知るところ、彼らのバッグの多くはカジュアルなもので、無地で無彩色で、そもそも多くを持ちたくないのかもしれないけどポケットは不用心だし......(逆に女性服にはポケットがないことが多く不便極まりない)。「男性がバッグを持つのはダサい」みたいな風潮もずっとありましたよね? 今も少し。バッグはちょっと女性的だって。非常に困難な性差が渦巻いている。余計なお世話かもしれないけど窮屈さを感じることがあります。
*1 参考: Why Did Men Stop Wearing Color? - Gentleman's Gazzette (英語): Link

VII - 7章目はヒツジとバラのおはなし。ぼくが「ヒツジが入った箱」の絵を悩める王子のために描いてあげたのでしたね。遭難5日目にして飲み水も減り、ぼくは必死になって飛行機の修理を試みています。だけど王子の関心事はそんなことではなく(喉が渇いている様子もない)、ヒツジとバラの攻防戦についての話を始めるのでした。ここは「大人意識VS子供意識」「正しさVS感性」、「思考VS感情」という対立と見ていいでしょう。王子はトゲがあってもヒツジは花を食べると知って、じゃあ「花のトゲには何の意味があるの?」とぼくに問いかけます。でも修理のことで手一杯のぼくは適当にあしらってこう答えることにしました:

「トゲだって? トゲなんか、なんの役にも立たないよ。花がいじわるだってこと。それだけのことだよ」
「ひどい!」
  そう言いながら、しばらく黙りこくったあと、恨みがましい声で王子さまはぼくにこんなふうに言いました。
「君は間違ってる。花たちはか弱いんだ。花たちは心が純なんだ。なんとかして安心を手に入れたいんだ。トゲがあったら、自分が怖く見えるだろうって思うんだよ......」- p.42

だけどあまりぼくは聞いていません。ボルトが緩まないからハンマーでぶっとばすぞと独り言をぶつぶつ言っていました。しかし王子が彼の思考を遮ります。

  王子さまはまたしてもぼくが考えるじゃまをしました。
「で、君は思うの、花たちが......」
「いやいや、とんでもない! ぼくはなんにも思っちゃいないんだ! ぼくは口から出任せを答えただけなんだ。ぼくはまじめなことで手いっぱいなんだよ」
  あっけにとられて、王子さまはぼくを見ました。
「まじめなことだって!」
  手にハンマーを握り、指を機械油でべとべとにして、王子さまからすれば醜いこと、この上ない物の上にかがみこむ。そんなぼくが王子さまの目に映っていました。
「君はまるでおとなみたいな口の利き方をする」
  そう言われて、ぼくは少し恥ずかしくなりました。そんなぼくに容赦なく、畳みかけるように王子さまは言いました。
「君はなにもかも、ごっちゃにする......。なんでもかんでも、いっしょくたにする!」
  王子さまはほんとうにかんかんになって怒っていました。きれいな金髪を風になびかせて、

✳︎

「赤ら顔の男がいる星を知っている。その赤ら顔は花の匂いをかいだことは一度もないんだ。星を見つめたことも一度もない。人を愛したことも一度もない。明けても暮れてもお金の勘定ばっかりだ。朝から晩まで、君と同じことをのべつ幕なしに言っている。『ぼくはまじめな人間だ! まじめな人間だ!』ってね。そんなことばかり言っているものだから、ふくれあがって自尊心のかたまりになっちゃったんだよ。もうそうなると、人間じゃない。キノコだよ」
「なんだって?」
「キノコだよ」
  もう王子さまは怒り心頭に発して、真っ青な顔をしていました。
「もう何百万年も前から、花たちはトゲをこしらえているんだ。もう何百万年も前から、ヒツジたちはトゲがあっても花たちを食べているんだ。身を守るのに、なんの役にも立たないトゲを、なんで花たちはそんなに躍起になってこしらえるんだろう。そういうことを知ろうとするのは、まじめじゃないっていうのかい? ヒツジたちと花たちの戦いは大切じゃないのかい? 赤ら顔の太った男の金勘定と比べて、まじめでも、大切でもないっていうのかい? ぼくがこの世でたった一輪の花と知り合いで、その花は、ぼくの星以外ではどこにも生えていない。ある朝、ちょっと魔がさして、小さなヒツジが花をぺろりと食べてしまうことだってある。それがね、大切じゃないっていうのかい?」- p.45

花のトゲの意味を気にするのは、子ども特有のありとあらゆる世界への疑問の数々を表している気がします。子どもにとって世界は wonder そのものです。だってまだこっちの世界に来て日が浅いのですから。親は何でも知ってると思っていたので、世界のあらゆる意味を教えてほしがるのですが、大人の視点から見た世界では、花が動物に食べられるか否か、トゲがなぜあるのかという「低い目線の世界」はテーマとして気にかけるほどの価値を見出せず、頭にすらよぎりません(目に映りません)。概して子どもは背が低いですし、絵本などで花は身近な存在と言えるでしょう。擁護すると実はこれからバラの話が語られるので、ぼくは王子にとって花が何を指すのかを知りません。
ぼくは王子に「大人みたい」と指摘されて恥ずかしくなります。彼がまだ心を持っている証拠です。ぼくはべたべたの汚いさま、それが綺麗な金髪を靡かせた王子の瞳に映っている。彼は自分の純粋さが失われていたことに気がついたのです。王子は怒りを通り越してもはや顔が青くなっている。赤ら顔の男とは対照的です。

  王子さまは真っ赤になって怒りました。それから先をつづけました。
「何百万、何千万という数の星に、たった一輪しか咲かない花をだれかが好きだったら、そのだれかが星空を見あげるとき、たったそれだけのことで、幸せだな、って思うんだよ。その子はこんなふうに独り言を言う、『あの満天の星のどこかに、ぼくの花が咲いているんだ......』ってね。けれども、もしヒツジがその花を食べてしまったら、その子は感じるんだよ、まるで満天の星という星が急に光をなくしてしまったみたいにね。そういうことが大切じゃないっていうの?」

✳︎

もう、それ以上王子さまはなにも言えませんでした。突然、王子さまは、しくしく泣きだしてしまったのです。夜のとばりがもう降りていました。ぼくは手から道具を放りだしていました。「ハンマーがなんだ、ボルトがなんだ、喉がカラカラに渇いていることがなんだ、死ぬことがなんだ」そんなふうにぼくは思っていました。「ある星、ある惑星、ぼくの星、この地球の上に、慰めてやらなくてはいけない王子さまがいるんだ!」ぼくは王子さまを両腕に抱きかかえました。王子さまの体を揺すりました、王子さまにこんな言葉をかけながら、「だいじょうぶだよ、君の愛する花は、危ない目になんかあいっこないよ......。君のヒツジにはめるように、ぼくが口輪をかいてあげるからね......。君の花を守るように、花の覆いをかいてあげるからね。ぼくは......」ぼくはなんと言ったらよいか、よく分かりませんでした。ぼくは自分がじょうずにものが言えないと思いました。いったいどうしたら王子さまの心に触れ、王子さまの心に寄り添えるか、分かりませんでした......。ほんとうに不思議なものです、涙の王国というものは。

ここまで王子さまが感情的になったのは作中で初めてのことでしょう。怒りは二次的感情だと言われるように、その根っこには悲しみがあるのです。後半は本に従って会話を改行していません。何百万年と何百万の星々はかけていますね。その多さに比べて王子が愛したのはただ一輪の花でした。前半の「急に光を失う」なんて素敵な表現じゃないですか? そうです、誰しも恋をしたら、些細な日常が急に輝きだすではありませんか。だけど喧嘩をしたら怒りと悲しみが急に世界を冷やしてしまう。ケイナー・ホロスコープでも言っていました、「恋に落ちた魚座の人にとって世界はバラ色です。退屈な経済学の教科書がめくるめく恋愛小説に変わるかのようです!」......否定はしません。だって、unapologetically 恋愛至上主義ですから....... : Link

Loving him is like trying to change your mind once you're already flying through the free fall.
Like the colors in autumn, so bright just before they lose it all.
Losing him was blue like I'd never known.
Missing him was dark gray, all alone.
Forgetting him was like tryin' to know somebody you never met.
But loving him was red.

Touching him was like realizing all you ever wanted was right there in front of you.
Memorizing him was as easy as knowing all the words to your old favorite song.
Fighting with him was like trying to solve a crossword and realizing there's no right answer.
Regretting him was like wishing you never found out that love could be that strong.
- Red / Taylor Swift

テイラー・スウィフトの『レッド』を思い出しました。彼女は共感覚ではないですが、色に喩えた有名曲です。この曲は急に終わりを迎える情熱的な恋を歌っているので、「冬に全てを失う前の秋の鮮やかな色彩」が恋人を愛しているときのようだと言っています。別れは今までに見たことのない青で恋しく思うのはグレーと暗い色が続く中、「だけど彼を愛することは赤色だった」

"C'est tellement mystérieux, le pays des larmes." - タイトルにした通り、Land of Tears ですね。彼の星は涙の王国であると。そうでしょうね、だって夕日を眺めていたのですから。バラが来ても来てなくても彼はどっちみち抜け出していたかもしれません。だけどそう、「すべてを失う前の、生命を感じさせるあの鮮やかな赤」こそが紛れもなく彼らの恋愛でした。
前回の記事では私のMCサビアンが蟹座の共感能力を示していると言いましたが、本当に難しいものです。実際に誰かの心に寄り添えているのかどうかって。前にジューン先生が『星』が出たときの動画で言っていた解釈を忘れられません:「あなたが彼の心の毛布になってあげられるかも」。ああ、最後は笑って締めましょうね。こんなジョークのミームを見たことありますか? 「誰かが泣き出して、どうしたらいいかわからなくなったとき: "歯磨き粉とかいる?"」ってやつ: Link (image)

だけど難しいのではなく、不思議(ミステリアス)だと言っていますね。そっちの方が正確かもしれません。




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