N°69 - 完璧主義の対義語、ぐでたま / 神は沈黙している

前回(N°68)出てきた「完璧主義」という言葉について、リサ・ロイヤルさんがチャネリングしてるプレアデス星人「サーシャ」のメッセージが衝撃だった。

ここからは、一先ず引用元の岩瀬さんの動画を3分もないので観てください: link
以下抜粋
✴︎

i.「コントロールしなければ」という必要性を手放してください。(中略) 手放して、そして信頼するのです。あなたは間違いなく、美しく輝く宇宙創造として今この瞬間あるべき姿なのだと
  • これガチでそう。制御したい、掌握したい、は不安や恐怖から来ているよね。その反対が信頼し手放すことだと思う。私の人生はほとんど常に詰んでいる状態からなんとか奇跡的にテトリスできて食い繋いでるみたいなもんだけど、状況が『吊るし人』だとすると、これはどうにかしようとしているよね。諦めてない。固執してるから。どうすることもできないのにどうにかしたいと思ってる。運命、あるいは流れとか自分以外の要素に委ねるしかないのにそれに抗ってる、抵抗してる。だから苦しい。『ハリポタ賢者の石』で、ツタが絡まる罠があって、じっとしてれば解ける仕組みなんだけどロンみたいに恐怖でじたばたすると余計に縛られるみたいなアレね。ツタといい吊るし人のロープといい「執着」を象徴しているかのようだ。仏教用語の諦めができないならもうヤケクソでいいと思う。知らねーよって。idgaf 案件。「自分の思い描く特定の結果」しか来てほしくないと思ってるからいけない。そうじゃなきゃ幸せになれないと思い込んでる。匙投げろ。部署違い。信じられないよじゃなくて信じるしかねーんだよな結局。そこに至るには諦めるしかない。続く『死』みたいに捨てるしか。精神的にはキツイけど、ああダメだって認めるしかない。受け入れる。降参、サレンダーだねまさしく。そしたら『節制』のような穏やかさが来て、異なる結果を受け入れられる土壌ができる

ii. 「完璧」とは「理想」ではありません。完璧とは、今のバージョンのあなたという創造を表現することで、「そのままのあなたで」宇宙創造の最大の目的を果たすことです
  • これな。サブブログ(link)で言った通り、いいかげんに、てきとうに、ゆるーく生きてみたのね、ある日。そしたらめっちゃ上手くいった。長年忘れてたけど本来こういう人間だったの。いわゆる海王星や魚座のポンコツ感、ゆるさでクラゲのようにゆらゆら過ごしてみると、楽だし、他人の目も気にならないし、どう思われるかも気にならない不思議と。変なアピールをしてないから悪目立ちもしない。そして「素」を表現することで逆に好かれたの、いろんな人から。逆なんだよな、取り繕うのは。コスいことすんな。マジで
  • そしたらば、『ぐでたま』というサンリオキャラクターを思い出して、x見たら面白くて好きになったのね。投票もした。ぐでたまは許可証だった。ぐでぐでしてたい、甘やかされたい、がんばりたくない、こうした「本音」を表現することを自分に許せるためのツールもしくは投影なのさ。今更だけど。でも「ぐでぐでの自分」を許したからこそ「ぐでたま」に同調(アライメント)できたってこと。心にぐでたまがあると、いい意味での開き直り、諦め、知らねみたいな態度が取れるってこと。なかなか設定も面白いよ。ぐでぐでしてない人には見えない(ただの卵との判別がつかない)、どうせ食べられてしまうからやる気がないんだって。それでいうと私は「しゃきぴよ」してて暑苦しかったわけ。不自然な状態。キャラクターというのは癒しの提供だけど、ゆるい癒し系キャラ然り、リラックマ、ちいかわ...そうしたものが流行る/生まれるってことは日本社会がどれだけ疲弊するもので出来てるかが分かるよね。そして社会とは私たち一人一人が作ってるものだから各々の態度が反映されるだろう
  • ご存知、時々病んでる醜態を晒してるじゃん。それも正解ってこと。ロボットみたいに平坦なわけないじゃん感情が。そしたら嬉しさもないんだから。

ここからが面白いところね。

iii. 私たちはこれまで非常に多くの種族とコンタクトしてきましたが、人類は、「自分自身」に対する思いやり(共感)があまりありません実はこれは、ベガ星人の系統から来ていると感じています。なぜなら、初期のベガ星人たちは彼らの思う「完璧」にとてもこだわっていたからです。そして彼らが、彼らの思うような「完璧」ではないとき、彼らは自らを罰したのです。そして、同じようなパターンが皆さんの中にも見てとれます
  • これ衝撃じゃない? 宇宙人に詳しくないのでリサさん自体初めて知った。だからあーなるほどベガね〜とはならない。ともかく、完璧主義が苦しめてるのは確か。宇宙人たちもそういう道辿ったんだ。でも建設的じゃないし、バカらしいことに気づいたんだろうね。完璧って好きだよね。でもやっぱりあれって概念で、すぐ神格化するけれど人間にそんな(私たちの定義でいう)完璧なやつはいない。だからそこ目指さなくてもいい。実は既に完璧だったってオチでしょ。知ってるよそんなのって思うけど、行動や態度に示されてないのなら本当の意味で理解してないから知ったことになんないんだよってバシャールは言うね。ポンコツが愛されるのもそれじゃん。これは、ありのままの自分を否定された過去があるから、愛されるために・必要とされるために「自分を超えた誰か」になろうとしたパターンだ。でもね本当上手くいかない。行ってもね、それ私が愛されたことにならないから虚しいんだよ。ちゃんとしなきゃという緊張と自責もやりがち。欠点があっていいってもっと早くに知りたかったよね。自分が悪いなんてことはない。それは彼ら自身の恐れを排除したいから、こっちに投影してるからって気づいても言われた傷って神経レベルに残るの。特に親からのは。これについては「自然の法則」kengoさんが役に立つ。マジで遠回りの人生だよまったく

STANDING IN YOUR OWN POWER WILL EITHER TRIGGER SOMEONE'S SHADOW OR THEIR LIGHT
credit: @annaliehowling
自分自身でいることは、誰かの影か光を引き起こす

I stopped explaining myself when I realized other people only understand from their level of perception
credit: @badkissings
私は、他の人たちが彼らの認識レベルでしか理解することができないと気づいたときに、自分自身を説明するのをやめました



iv. それを見ると私たちの心は痛みます。なぜならそれは一切私たちが変えることができるものではなく、私たちが癒せるものでもなく、私たちができることは皆さんに「気づかせる」ことだけだからです。本当に気づくことです。自分の中のあらゆるパターンにおいて、自分自身を「許せていない」もの、特定のビリーフやストーリーを作ることで、「自分自身を愛さない」ことを正当化しているもの。そのことに本当に「気づく」のです。そのパターンに気づけるほど、そしてそのパターンを強化しないほど、皆さんの次元上昇の旅はラクになっていきます。(終)
  • 一番好きなパート。自分でやるしかないんだよねー。正当化してるよな、そうかって。ほんとにね、苦労しなくていいんだよな本当はってkengoさん観てて知った。罪滅ぼししてた。苦労は買ってでもって言うけど、必要以上の苦労をしてきた。自分を虐めることに同意していた。だって罰を受けなきゃいけないと思っていたから。そうでなきゃどこにも向けられない憎しみを消化できなかった。痛々しいことを言ってるのは分かってる。でもメカニズムとしては本当だ。幸せになりたい楽になりたいようでいて、それを阻止する自分がいる。そんな価値あるのって。そもそも人間に価値なんて言葉を使うこと自体ナンセンスだ。子どもは素直で、大人、特に親が間違ってるなんて思わない。スポンジみたいに全てを吸収する。感情も雰囲気も言葉もそれ以外も全て。彼らに愛されないことは世界に愛されないことで、生きていかれないという恐怖を植え付ける。月夜見さんがお金の回で言ってたように、両親が悪い人だと思いたくないんだよね。本当はいい人だとか。でも自分の問題なのに人を攻撃するのは弱さの証明だし未熟なんだよ。いじめっ子もね、いじめてきたやつより友達や良くしてくれた人達の方がずっと多い。嫉妬。彼らのシャドウ。
✳︎

そういうことでね、最近『カオス』というタイトルはいかがなものかって思ってるわけ。皮肉のように使ってきたけど、もうゆるゆるモードだから。

何も起きないこと、あるいは、何もしないこと、そうした静寂を物足りなく感じてきた。でも、平和とはそういうものだ。クレジャであったように、ギャングの銃撃戦が日常だった街では、静かな期間が長いと落ち着かない。住民は嵐の前の静けさなんじゃないかと身構える。そわそわする。それと同じで、波瀾万丈が常だったから凪に慣れてない。凪が怖いものだと思ってしまう。でも本当に満ち足りた瞬間とは静けさであって、何もないようでいて必要なものが全てあるかのような、「このままでいいんだ」という悟りを得られる。携帯を置いてバカデカ公園の芝生の丘の上で風を感じたときに、何かが満たされたの。自然と同調するというか。そんな場所なかなかないのが問題だけど、外の空気吸ったりだとか。あのときは、虫さえも気にせず寝転がった。服が汚れても汗かいてももういいやって。話すわけでもない、ただぼーっとする。これ私苦手なんだ。だから環境を用意するって大事だよね。

ペルシャ(現イラン)のイスラム神秘主義の詩人ルーミー、名前だけは知っていた。英語だとこういう引用がある:

Silence is the language of god,
all else is poor translation
沈黙は神の言語だ、
それ以外は拙い翻訳に過ぎない

神は沈黙している。答えを教えてくれなかったりする。それは全てを許容しているからじゃないのか。正解を与えないという優しさ。
上記の文は本当はルーミーが言ってないとかなんとかあるけど彼の考えのエッセンスではあるだろう。聖書だってイエスが書いたわけじゃない。神が提出した論文でもない。あらゆる人間のフィルターを通している。イエスでさえも。私はそう思うんだよね。

アメリカのコメンテーターの言葉、写真に取ってある(抜粋):

I don't care about your goddamn religion.
I'm so tired of having nonstop conversations about what the Bible says. 
You live your life in the way that you interpret the Bible.
- Ana Kasparian on The Young Turks
あなたの宗教なんか気にしません。聖書がなんて言ったかっていう不毛な会話はたくさんです。みんな、聖書を自分で好きに解釈した通りに人生を生きてるだけです。

無神論者もそうよ。神がいないことを「信じてる」から。でもさ、どの宗教や教えについても思うけどその時代のスタンダードってあるじゃん。その文化、その時代で出来ること、限界、そういうの加味して生み出されてんじゃん。常識が変わるなんて常識でしょ。どの宗教も「完璧」とは思わないよ。そもそもてめぇの意見ないの? やっぱりさ、神は沈黙してるんだよ、宇宙は何も言わない。



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