N°17 - I LOVE THE WAY YOU ARE, THE WAY I AM

霊能力について。

以前の記事[link: 絶の回 #12]で、私は自分の身体感覚について話しました。中古品は他人のエネルギーを感じるから嫌だ、とかって。

これって、今気づいたのですが、クレアセンシェンス(Clairsentience)っぽい選び方ですね。自分はエンパスだと思います。他人の感情に敏感で、これも子どもの時からそうです。もしかしたら、生まれつきというより、親の機嫌を伺うことが必須だったから身につけたのかもしれませんが。

なんにせよ、そうしたサイキックなセンシティビティーで境界線を設けるのってタロットの「女教皇」っぽいです。結構スピリチュアルなカードだと解釈されますよね。

以前[Link: 主に恋愛で発揮されるという話 #2]*で言ったようなクレアコグニザンス(Claircognizance, Claircognisance)のときとは違う、なんとなく、というような「弱い」直感/予感もよくありますし、当たっていたりします。それがセンシェンスなのかなと思っています。
*サイレント(分離期)についての解説を追記しました

とあるカードリーダーに、「1つ能力を持っていたら、大抵4つ全て持っているよ」と言われたことがあります。初めて聞いた説なので驚きました。上記2つを持っているとして、残りはちょっとどうなんでしょう。素質があったとしても未発達だと思います。

クレアボイヤンス(Clairvoyance)については、幽霊だのなんだの見たことはないですが(見たくないと思っているからシャットアウトしていますたぶん)、「光のフラッシュ」はよくあります。そういえば最近見ていないですが、一瞬のビカッと強くて白い光です。何か家電のスイッチを入れた時に多いので、単に電気?と思ったりもするのですが、他の人は見ないし。それが何かメッセージだったのかと言われると、いまいちピンと来ない感じです。誰かが、「天使が光速で移動しているときの光」と言っていましたが、それならかわいいですね。

残るクレアオーディエンス(Clairaudience)は更に無いですね。聴覚自体は良い方かもしれません。家電の小さい音はいつも聞こえますし、いわゆるプラグを挿すアウトレット/ソケット(――和製英語を作って広めた人表出ろよって思うぐらい嫌いです笑)からの微量な音とか。だけど本来気にしたくない雑音なので、全く嬉しくはないです。そう考えると無音はなかなかありません。もう壊れてしまったのですがAirpods Proのノイズ・キャンセリング機能は凄かったです。同じ音の波で打ち消しているんですってね。つまり「干渉」です。高齢の父は他人の迷惑考えずに大音量でテレビやラジオをつけたりするので本当にしんどいですね。母も老化で前より耳が悪いですし、元来声がでかい人なので、彼女の話し声の音の波を感じて耳が物理的に痛くなり、大変煩いです。本当に音って波なんだなって思います。ともかく、不思議な音は聞いたことがないと思います。

特別発達させようとは思っていないのですが。
サイキック能力を使ったカード・リーディング動画を観ることが多いので、その正確性とか、おおーって思いますよね。ミディアムなのかな、その人たちは。

以前はよく、芸能人が「ジャージ姿のおじさんの妖精を見た」とか言っていましたけど、あれはどうなんでしょうね。ちょっと眉唾くさいですよね。少なくとも後から言い出した人は。どうせ見るなら「あたしンち」のお父さん(私の想像)より、Barbieの妖精がいいですよね。

芸能界で売れるための嘘って結構多いのだと思います。だから話半分に、エンタメとして聴く姿勢も必要です。メディアで聞く生まれ変わりも積極的には信じていません。大体どんだけ過去に囚われなきゃいけないんだよと思いますよね。

世の中にはどういうわけか、全てを丸ごと信じてしまう人もいます。そういう人は褒め言葉としてのピュアでありません。ナイーブ(naïve)です。言葉の裏を読み取れず、額面通りに受け取ってしまう傾向の人もいます。発達障害の人はその傾向があるので注意が必要と言われています。「嘘をついてる人はいない」と自信たっぷりに言う人もいます。でも実際それを言っている本人が嘘をつかない人物かというと、結構簡単に嘘をつきますし、善人かと言うとそうでもないので、矛盾が生じています。

自分は嘘をつくし、善人でもないのにどうして他人のことは疑わないのかというと、スピリチュアル・リーダー、霊能力者、占い師といった存在をやたら神聖視し過ぎているケースがあります(幽霊が見えるという人は結構な数いますよね。一々霊能者と呼ばないぐらい。以前幽霊がいると複数の証言がある職場で見えるという人がいましたが、その人の倫理観は霊能力と関係ありませんでした)。私からしたら、人間は人間です。人間としての限界があり、もちろん過ちも犯すし、「綺麗」なだけでは生きていけません。全知全能なわけでもありませんし、チャネリングであっても必ずメッセージにはその人の主観が含まれます。タロットも、カードそのものには複数の意味が感じられる絵(シンボル)が豊富にあるだけで、そこから人が言葉に変換して解釈をしているのです。完璧な人間はいません。だから、比喩的に「神がかってる」と形容することはあっても、それはお笑い的な使い方であって、私は人間を崇高な存在として見ることはありません。そのように心掛けています。どんなに能力があろうと、富豪であろうと、芸能人でもアスリートでも、霊能者でも、人として対等です。そして彼らが人格者であるかは別問題です。だから他人を極端に崇めてしまうというのは、自分を下位に置く、自分の価値を軽んじていることを意味します。

また、「唯一絶対の真実がある」という考えにこだわっていたり、「正義感」に駆られていると問題が生じます。
(詳しくは霊能者の月夜見さんのアメブロやyoutubeを観るといいと思いますが、もちろん彼女を崇拝しろという意図はありません。参考にできるところがあればすればいいだけです。もちろん彼女は素晴らしいとは思いますが、彼女と私の人生は違っていて、体験も違います。だから彼女の意見が私の人生に必ず適用できるかどうかは別問題です)

よく、動画を見て、彼らの言う通りにして、何時に何回何々と唱えて、と熱心にやったりする人がいます。この時点では問題が無かったとしても、姿勢には気をつけてほしいです。この行動スタイルには大きなリスクがあります。ロシアの自殺ゲーム "Blue Whale"、青いクジラ・チャレンジを思い出します。簡単なタスクからやらせていって、ついには自殺を実行するように促す恐ろしいゲームで、実際に死者が出ています。

スピリチュアル・リーダー達の発言を盲信する人がいますが、それは「自分で考える」ということが嫌いだからです。自分で考えて自分なりの答えを出すということを苦手としているから、簡単に「答え」を教えてくれる人を常に求めていて、その人が言うことはいつも正しい、必ず正しい、いつも正確だ、と冷静ではない尊敬の仕方をしています。これは昨今の芸能人等への推し活にも見られます。信者的なファンのつき方です。おかしなところを全肯定(正当化)することと、無条件の愛の受容は違います。

最悪な場合、洗脳、マインドコントロールです。正解/不正解という凝り固まった二元論と、くすぶった正義感の危険性です。洗脳する側、される側という服従関係が出来てしまうということは引き合っています。「私の言うこと以外は全て間違いだよ」と言われて、今までの価値観を破壊し、他の意見や情報を目にすることをかたく禁じられます。更に最近のSNSはアルゴリズムがあるので、尚更思想が偏っていきます。そして物理的に人間関係もシャットアウトさせていき、周囲から孤立します。新たな考え方が入ってきてしまうからです。元々が周囲に影響されやすい人の場合、尚更他の人と接触させたくはないでしょう。同じ思想のコミュニティにいる者だけが「同志」として味方や理解者のように結束していきます。本人たちは頑なに自分たちは正義だと信じています。みんなのためにやってあげてるの、と使命感に駆られていることもあります。

無自覚に、自分の行動を相手に握らせています。運転席を取られていることに気がついていないか、気づいていてもそれが心地よいと思い込んでいます。しかし、他人が自分の人生の責任を取れることは無いということを無視しています。「あなたの考えはことごとく間違っている」と言われるのかもしれません。自分で考える必要が無くなり、全て言う通りにする、お伺いを立てる、「自分の選択はいつも間違っている、怖い、不安、ひどい失敗をする」だから「選んでもらおう」と加速します。自分では何も選択できなくなり、相手に依存しなくては生活できなくなります。思考停止になると、もはや自分がおかしいとは気付けません。テレビの特集でも言っていました。洗脳を解く鍵は、自分で考えるということなのだと。元々考えない傾向にある人は、精神的・肉体的な疲労でどんどん思考能力が奪われる機会が来た時に非常に危険になります。

このとき周囲は「それ騙されてるよ」と言ってはいけません。大抵の場合それは禁句とされます。相手は即座に感情的な反応をし、更に信仰を強めてしまいます。恐らく「先生の言うことを信じない人は敵」と教えられており、一度敵と認識されると心理的にも距離を置かれます。連絡が密でなくなると、外部からの救出はいよいよ困難が予想されます。

しかし、仮に救い出せたとして、目を覚まさせることに成功したとしても、本人が本当に学ばなければ同じ問題がまた繰り返されます。ここでの学びとは、自分のそれまでの姿勢を見直すことです。「過ちを認める勇気」も必要です。自分を可哀想な被害者としか見ないのであれば、変わったことになりません。
これまで自分に都合の良いことしか聞き入れてこなかった人は、当然そういう甘い蜜を掛けてくる人の元に行き着きますし、それで鴨にされた場合、もう自業自得としか言えません。周囲は、その人が自分にとってどれだけ大事な人かにもよりますが、どこかで境界線を設けることもスピリチュアルの観点からしたら必要だと思います。「この人には私が必要だから」という共依存、メサイア(救世主)・コンプレックスには注意しなければなりません。

私が今回この話をしたのは、私にサイキック・アビリティがあったところで、私は凄いのだと言いたいわけではないということを表明したかったからです。

後天的に身につけようと思ったことはありません。逆に思考が強い私にとって瞑想はとっても苦手ですし、必要なら必要なときに身につくだろ、と楽観視しています。思考と感情のバランスがやはり大事ですよね。だから何をしたら身につくのかということをお伝えすることはできません。それなりにこの能力で苦労していますし、恵みでもあり、生きづらさにもなる、何事もコインの表裏で、両面があるということです。

自分が「覚醒」したのかとかは知りません。「覚醒したら凄い人になる」わけじゃないのです。覚醒していなくともあなたには価値があります。覚醒した後も価値は変わりません。今の自分を認められているか、という視点が必要です。「選ばれし者」や「この世界の救世主」というアイディアに惹かれ過ぎていたり、そこをアイデンティティとして誇りに思い過ぎているのも同様に、エゴ的で危険かなと思います。自分をライトワーカーだ、アースエンジェルだ、スターシードだと誇りに思うことはいいのですが、そこを煽られて、「自分は特別だから」、「偉いから」などと慢心するとエゴイスティックな選民意識になります。ハリー・ポッターも「僕 選ばれし者だから」とおちゃらけた後にハーマイオニーに叩かれています。

人は自分以上にはなれません。それでいいのです。


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