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Showing posts from May, 2025

N°10 - 同調

昨日まで、存在すら気に留めていないような赤の他人のことが、恋の対象となると一転、自分の人生の重要な関係者になる。人生に流れ込んでくる。染み込んでくる。雑貨一つ見ても、彼はこういうのが好きそうだよな、とか、これを見て彼はなんて言うだろうか、などと自然と思考の一部になっている。みるみるうちに想像上の彼が出来上がる。何を見てもちらついて、目障りなぐらい思考を侵食される。取れない。意識したくないのに浮かび上がる。ふと我に返る頃、彼のことばかり考えていた自分に嫌悪する。 だけどこうした贅沢な感情を私は楽しんでいるのだと思う。それが恋愛の醍醐味だし、いつも見る景色が違って見えるわけだから。 私は恋愛が好きなのだ。5h過多っていうのもあるけど、やっぱりなんだかんだ言って楽しいことに変わりはない。常に何らかに恋しているといっていい。そうでなければ私の場合、人生が展開されない。それに、好きになる対象を見つけられたことは実に幸運であるし、私を非常に喜ばせてくれる。付き合うの付き合わないのという時代が多大な苛立ちや苦悩を生むというのに、同時にそれが楽しかったりするのだと思う。何もかもスムーズに行って何のドラマもなく驚きもない筋書きだったら結局文句を言いそうだ。 結局は、味わいたい感情を引き寄せている 。 悲劇は美しい。悲劇は芸術的だ。悲劇は深い味わいがする。その悲劇を理解したい。 例えば、宇多田ヒカルの Be My Last  を最初に聴いたとき、「自分で育てたものを自分で壊さなきゃいけない日が来る」という意味や哀しみがわからなかった。だけど心のどこかでそれを理解したいと強く望んでしまった。それは悲劇を求めていることを意味するからと理性が止めにかかったけど、心は貪欲に経験を欲してやまなかった、感じたいと願った。――悲しい曲ほど傑作が多い。この悲しい曲をちゃんと理解してちゃんと味わいたい。 そう思うと不思議と数日以内に歌詞とリンクした心理状態に陥る出来事が起きて、解ってしまう。共感できてしまう 。だからこの場合、呼び寄せている。同調している。 心にはそういうところがある。頭で考えればそんな悲劇を味わわない方が幸せだ、楽だ、得だ、なんて思う。だけど心はそれを超越する。取り合ってくれない。Ariana Grande / 7 rings の “ I see it, I like it, ...

N°9 - 理由は幻想

彼のどこが好きなの? なにがいいの? ――と聞かれたことはあるだろうか。私は過去に誰がどう見ても「変な人」を好きになってしまったので、そのときは当然の権利として説明を求められた。その人は過去に言及されたAでもBでもない、Cさんだ。 彼は「個性」という寓意を背負って歩く擬人像そのもののようだった。 彼、と形容したものの、実際の「彼」のジェンダーは他人から見てハッキリしていない。便宜上 ジェンダー・ノンコンフォーミング( gender-nonconforming)  ぐらいしか言えない。―― 余談: こういうとき日本語で、現在英語圏で性別不明の人に対して使っている they  にあたる三人称があればいいなと思うよね。スウェーデンにはこういうとき、 Hen  というジェンダー・ニュートラルな三人称が昔からあるらしい。流石だ ――本人自身が決めることだから、彼とほとんど接点を持たない周りの人達から私に質問が飛ばされたのだけど、私はその答えを持っていないし、持っていても彼が明らかにしたくないのならそれを尊重したらいいし、そもそも私の関心外のことだ。 私は、彼の性的指向についてもどうでもいいと思っていた。彼が今まで女性を好きになったことがあろうとなかろうと、私にとっては何の関係もない。私にとって必要な情報とは、私を好きなのか、付き合う意思があるのか、そしてそれはいつなのかという方向性やプランといった具体的なことでしかない( 金星山羊座っぽい )。簡単に言えば None of my business. 残念ながらその姿勢は全然共感されなかったが、その意味では私はパンセクシャル( pansexual )に近いのかもしれない。 それを表す言葉があると人は概念を理解しやすい から、そう説明すればよかったかなと思う。周りの人は本質的にはどうでもよいことだと分かっていると思うけど、ゴシップ的な好奇心で、曖昧さがどうも居心地悪くて、ただハッキリさせたかったんだと思う。だけど仮にゲイだろうとなんだろうと、私はそれが彼を「変わり者」にしていると言ってるわけではない。私が感じた彼の個性とは、エネルギーみたいなことだ。 彼を初めて見た瞬間、というかお互いに、雷で打たれたみたいに衝撃的に目を見開いて静止していた。彼がその時私に対してどう感じたかは知るよしもないが、私は彼の強...

N°8 - 死は始まり

先日、故人の青年エリックを紹介しましたが*、彼は自ら命を絶ったのち、すぐに霊界(天国)に行ったといいます。* 関連記事はこちら 日本の一般的な考えに慣れた人ならまず疑問に思うところです。日本の考えでは、強い感情を持ったまま亡くなったり、特にそれが自殺であれば、成仏がすんなり行くとは考えられず、未練を残した地縛霊や不成仏霊になるのだとか、命を粗末にしたとして天国には行けず、ずっと死の瞬間の動作を繰り返すとか、暗闇の中で反省させられるとか、来世はもっとハードな人生になるとか、或いは人間には生まれ変わることはできないだとか、いずれにせよなんらかのペナルティを払う、つまり罰を受ける、ということをずっと言われてきました。 これはいかにも道徳的で自殺の抑止に有効な教えであるかのように思われていますが、というよりも、独自の善悪のジャッジが強く、説教じみていて、また、自殺志願者や自殺に至る人達の心情や状況への理解に甚だ欠けているとしか言わざるを得ません。 実際この窮屈な教えの影響が未だ強力であるにも関わらず、この国の自殺者数が少ないとは聞きません。 エリックはすぐに、先に亡くなっていた祖母の迎えにより光の方へ進んで行った、スムーズに移行した、といいます。 私にとってはこれは衝撃的な話でした。 しかし、これはキリスト教的な考えがベースにあるのではないかと思われます。 というのも、以前、TBSの「クレイジー・ジャーニー」に出演した、 世界中の幽霊憑依について研究している、 イタリア人で日本の大学准教授でもある、 アンドレア・デ・アントーニ( Andrea De Antoni )氏が 、「 イタリアではカトリックの影響で、死ねば天国か地獄だからこの世に留まることがない ので、人間の幽霊を見ることはないし、たとえ幽霊らしきものを見たとしても言いません 」と説明していたからです。 当たり前に思われてきた、「不成仏」という概念そのものが、日本という一国家の考え方に過ぎない ということを痛感させられました。 と同時に、カトリックだろうとなんだろうと、その人の宗教的、文化的な影響によって形づくられた善悪の思想や観念もまた、罪の意識を感じさせるものであり、不自由になりうると思いました。タロットの「司祭」みたいに。 だからといって、「自殺者が天国に行ける」という説が、自殺を増長させるアイデアだと捉える...

N°7 - ONCE IN A LIFETIME; AMOR VINCIT OMNIA

この投稿を見ていなくても、エネルギーは伝わっているだろう。 これが「降伏」だ 。普段、言霊を信じる方ではないが、幸福と同じ音なのは興味深い。 彼は私を知っている。彼は私を愛している それを信じよう。ああそうなのだ、とわかった。感じた 。 それが「心の壁を取り除く」ということだ。 私たちは既に結ばれている "in person" じゃなくたって。フィジカルであるかどうかに惑わされない。実際に会わなくても別の次元ではもう会っているんだ。だから私は待つことはしない。「待ち」は存在しない。側にいる。距離は幻想だ。別離は幻想だ 私たちに名称は要らない 私はあなたを愛している それが真実。否定しようもない 受け入れるしかない それが、愛を受け取るということ 奇跡を、神秘を、受け入れるということ なんだって起こる世界だから One Direction / Once in a Lifetime を聴いた あなたも聴いてくれますように( Iykyk) Link: YouTube (Audio) 皮肉なことに愛の背理は、待たれているものは必ず来ず、望んだものは必ず得られず、しかも来ないこと得られぬことの原因が、正に待つこと望むこと自体にあるという構造を持っている... ――「美しい星」page 293 / 三島由紀夫 Amor Vincit Omnia;  et nos cedamus Amori Love Conquers All;  let us too yield to Love 愛は全てに打ち勝つ; 私たちも愛に屈しましょう それが、星と星とを遠ざけている奇跡――

N°6 - YOUR ANXIETY IS LYING TO YOU

鬱病について軽く語りましょうか。精神科医には、「躁鬱(Bipolar Disorder)かもしれないが判断できない」と言われました。 鬱症状は少なくとも8歳から自覚していますが、数年前にスピを知ってからは、ニュー・エイジの思想に感化されて、「絶対大丈夫! HAPPY! YAYYY!」と信念を取り戻せるターンと鬱のターンを繰り返していて、これが躁状態のことなんじゃないかと思うことがあります。だけど、そんなの医者に説明したって「あーあイカレちゃってるぜこいつ」で終わりじゃないですか。鬱がある私にとっては、これぐらい無鉄砲に希望をくれる方が心が楽になったりするんですよね。不安も強いのです。 そういえば、この前試した「 クマのプーさん病理テスト ( Pooh Pathology Test ) :  URL 」では、ほんのお遊びですが、ピグレット(不安)が80%、イーヨー(鬱)が77%で優勢でした。発達障害は是非ともちゃんと検査したいのですが、特に統合運動障害( dyspraxia, Developmental coordination disorder, DCD )を疑っていて、大人のそれを検査できるところがなかなか見つからないのです。ネイルポリッシュも27歳ぐらいで急に塗れるようになったし、手でnano blocksも組み立てられるようになったから、改善してきてますけどね。 前回紹介した、小説家ジョン・グリーンの「 どこまでも亀 」では、スター・ウォーズになぞらえて主人公がこう吐露します: 「良くなっている気がする?」みんな、私にそれを聞きたがる。闇が光に、弱さが力に、壊れたものが元通りになる物語を。私だって聞きたい。 ―― 「どこまでも亀」p.  266 彼の小説では、結構、鬱病を患っている方なら共感できる表現が多く出てきてそれだけでも救われると思います。特に、ディヴィット・レヴィサンと交互にチャプターを書いた小説、「 ウィル・グレイソン、ウィル・グレイソン 」なんて一言一句共感してしまう思考が多くてビックリします。特に私が20歳までにしていた思考や感情ですね。あまりに正直で正確なのですが、ここで切り取っただけでは誤解されそうなので省略します。 モーラは僕の鬱病がどんな感じになるか完全に理解できると言い、僕はその度に、理解出来るわけあるか、気分の落ち込...

N°5 - I WANT YOUR UGLY, I WANT YOUR DISEASE

傷を愛している ――私の場合、ツインフレームはそんなに夢に出てきません。だけど昨日久しぶりに出てきてくれました。 そこで思ったのは、ああ私はまだこの人に対して愛情を持っているなって。以前、愛が冷めた的なことを言いましたが、結局簡単に切れる関係ではなくて...... 自分は本当に彼を愛しているのか、これを愛だと呼んでいいのか、長いこと分からずにいます。 私が愛しているのは、彼自身というより、彼の「傷」なんじゃないかって。 私が愛だと思っていたのは、傷なんじゃないか そしてその傷とは、実際には彼を見ているようで、鏡に映った傷だらけの私自身を見ているような気がします。「 傷が愛の正体 」なのかもしれないけど...考え過ぎ? 私の好きな小説にこんな場面があります: 私の中の一部が、愛していると言いたがっていたけど、本当にそうなのか自信がなかった。私たちの心は同じところが欠けている。だから愛しているのかもしれないけど、それを愛と言っていいのかどうか、確信が持てない。 どこまでも亀 ( Turtles All the Way Down ) / ジョン・グリーン著 金原瑞人 訳, 216p いいシーンなのでこれ以上 引用しません。いい言葉が沢山あるんですよ。ヤング・アダルト(YA)小説なのですが是非読んでみてください。構成も素晴らしいし、読めば読むほど深いので、初めはそんなにかもと思ったのに、最終的には私が読んだジョン・グリーンの小説の中で最も完成されていて好きです。いつもながら翻訳も素晴らしいんですよね。 シャイリーン・ウッドリーやナット・ウルフが出演してヒットした映画「きっと、星のせいじゃない。」の原作を書いた著者と言えばご存知かもしれません。 この邦題は、原題の “ The Fault in Our Stars ” と反していて大嫌いなのですが笑、小説では「さよならを待つふたりのために」となっています。実はお涙頂戴ではないのがいいところです。 思えば、傷がある人ばかり好きになっているような...。少なくとも私が、傷があると仮定した人が。それは私の傷に反応した結果だと思うのです。 ツインフレームということは、お互いに傷を持っていることは確定ですけどね。 でも気づきました。傷ついていてもいいんですよ。正当な理由なんです。 何があったにせよ。それを無理矢理、今すぐ治せって言って治...

N°4 - ツインフレームという裏付け

巷には、「ツインレイ診断」とか、相手がツインレイであるサイン、ホロスコープの配置...など様々な広告や情報であふれています。その全てを真に受けるのはやめましょう! いくつかは「正しい」ものもあります。正確には私に「当てはまった」ものがあります。だけど私はこれに関して、 他人が診断するものではない と結論づけています。 それに、もし相手がツインならどこかの時点で自分でわかります (私はそう思います)。他人に自分の人生について決めさせないでください。 私の例でいくと、そもそもこの概念すら知りませんでした。スピリチュアルなことも全く信じていなかったし、ましてやツインフレーム(ツインレイ)なんていう言葉を聞いたこともありませんでした。あまりにも胡散臭いので、 自分の身に起きない限り、到底信じられる概念ではなかったです。 正直言って、出会う前にこの概念を知ることは一種の不幸です。 エゴ的な期待を誘発しかねません。 また、恋愛関係もしくは婚姻関係によくあるとされるシナストリーは必須ではないと思っています。私とAには、二人の太陽と月とを繋ぐメジャー・アスペクトはありませんでした。 そしてBの方がそれで行くと「らしい」シナストリーが幾つもあります。ライツも合します。しかし この数年、Aとの TF(ツインフレーム)ジャーニー を経験してきた結果、彼が私のTFではないとは思いません。(後年Bと出会ったからと言って、Aとの時間が無駄になったわけではありません。そしてTFの関係性が取り消しになったと考えるのは早いと思います)。少なくとも普通の恋愛のような関係性ではなく、特別な縁のある相手だと確信しています。Aとの間にも興味深い配置は幾つか散見されました。まだ研究中で、いつかお話するつもりですが、結論としては、先にホロスコープありきで考えてしまうのは順番が違うように思います(気になってしまう気持ちは痛いほどわかります。そして全く関連がないとは思いません。だけど “ シナストリー=根拠 ” があるから決めるのは違うと思います)。 仮に「この人いいな」と思って、巷で言われるアスペクトやそれらしい「サイン(根拠)」がないからといって、じゃあ「不十分」なのでその人を諦めてしまう、というのは本末転倒だと思いませんか?   ホロスコープは決定事項ではなく、傾向や可能性です 。特に西洋の価値観なの...

N°3 - 赦しは自分のため。嫌いなのは愛しているから

許すという行いは、本当に難しいことです。これが目下私の課題でもあります。 Forgiveness is not the same as reconciliation ―― 「許しは和解と同じではない」 許したからと言って、仲直りをする必要もないし、関係を継続する必要もありません。 許しとは自分のために行うものです。あなたを傷つけた人のためではありません。彼らがあなたからの許しに値するのではなく、あなたが平和に値するからです。 しかし、諸般の事情で、私は「彼ら」と一緒に暮らしている身です。「彼ら」とは家族なのですが、自分を傷つけた人がファミリーメンバーで、しかも関係が続いている状況では、尚更難しく思われます。現在の同居にも意味があると思っていますが、この切っても切れない関係の中で、 それでも許せたら、どれほど私の心は晴れやかになるのでしょうか。 許せないのは、彼らに期待しているからです。 彼らの振る舞いを直してほしいと、私が望み続けているからです。その一縷の望みが悪手であることはわかっています。毒親育ちにありがちな淡い期待であることも。彼らが変わらないことも。他人を変えることはできないということも。変えられるのは自分自身だけということも。 ナルシシストは謝ることができない(どんなに小さな非も認めることができません) ということも。全てわかっています。これは理性ではなく感情の話なのです。わかっている、というより、知っているだけなのかもしれません。受け入れていないのかもしれません。 結局私は、彼らに適切に愛されたいだけかもしれません 。 だけどそのテーブルに食事が運ばれることはないのです。だから私は自分のためにその席を立たなくてはなりません。 私は彼らからの愛を――私が望む形で表現される愛を――諦めなければならないのです。私はその希望を捨てられずにいます。 心理占星学では、5h(ハウス)は「 愛情を与える行為 」、そして11hは「 愛情を受け取る行為 」と解釈します。私の人生のテーマは愛なのだろうと思います。それは占いを知る前から予感したことでした。 許すことは自らを解放させることでもあります。被害者、犠牲者という役を降りることで、加害者という役者も必要なくなるのだという考え方があります。 この前私が持っているタロットデッキ、ラドリー・バレンタインの「 エンジェル・ ウ...

N°2 - ツインフレームは複数いて、人間である必要はない?

2025.12.21 : リンク追加, 少し修正 早速伝えようと思ったのは、現在進行中のツインフレーム(TF)についてです。因みに私は単にこっちの呼び名が好きなだけで他意はありません。日本語で広まっている名称「ツインレイ」と全く同じ意味で使っています。 これもまた前書きという感じなのですが、私のツインとは サイレント(セパレーション)* 期間中です。もう出会ってから5年になりますかね。フェーズとしては「 サレンダー* * 」だと思われますが、実は結構冷めてきてしまいました、ということを正直に申し上げておきます。だけどこれで二人が終わったのか、諦めたのかというとまた違うと思います。そしてこのブログから得られることは何もないのか、というとそれも違うでしょう。 * サイレント(英語圏で separation と呼ばれます)とは、文字通り分離期間 を指します。TFは意図せずに出会った後、惹かれあってしばらくして必ずと言っていいほどこの期間に突入します。どういうわけか物理的に会えなくなります。一方は不安から「関係を進展させたい」と相手を追いかけます。もう一方はそのコミットメントから逃げます。これが「チェイサー」と「ランナー」です。 連絡が取れない、何故か届かない、返ってこない、または意味がない、というか多くの場合、「チェイサー側からは 発信してはならない」 と鉄の掟のように解説される、実にもどかしい音信不通状態が通常です。もはや二人の関係は終わったのではと思わされる試練の期間です。一般的に、チェイサーは、このタイミングでTFの概念を知り、霊性が開花し、今までの恋愛で抱いてこなかった自分の強烈な感情が湧き出ることを知り、自分の抱えていた闇に向き合うことを余儀なくされます。チェイサーの精神的な成長のための期間と言えます。もちろん期間の長さや展開スピードには個人差があります。また、実験として連絡してみたことがありますが、それはまたの機会に話せればと思います。: ABOUT に書きましたが直後にでっかいトラブルが起き、何年も長引きました笑 **  サレンダー ( surrender ) とは、分離期間後期、この先の展開がいつどうなるかなどの一切を宇宙にお任せする、「降伏する」、そして自分の将来や宇宙(神と言ってもいい)を信頼する手放しの段階です。 ツイン女性側(チェイサー)...

N°1 - 火星を使う完璧なタイミング

初めまして。私のことは オーロラ (Aurora) とお呼びください。このブログでは、西洋占星学/西洋占星術、タロット、スピリチュアリズム、ツインフレーム ――( 英語圏では Twin flame 、日本語ではツインレイと呼ぶが指してるものは同じ) ―― について、自らの実体験や現在進行形の様々なハードシップ(困難)を交えながら、私の解釈や考え方を発信していきます。 各記事にはラベル(タグ)があります。左のサイドバーからは、簡単な私のプロフィール(お気に入りの本など)、アーカイブ、タグ一覧、メッセージ(連絡フォーム)、翻訳。そして、右上からはキーワード検索ができるので是非ご活用ください。記事の中に[]で記したものは過去記事のURLリンクで、外部リンクの場合もなるべくわかりやすく明記しました。また、全記事を通してナンバー(N°)をつけました。スマートフォンだとトップページに7件表示され、それより前の記事はその下にある「その他の投稿」を押してください。 最近はこうした長い文章のSNSが下火ですが、発信という立場に立つと、私にはInstagramよりもブログの方が合っている気がします。秘密主義っちゃ秘密主義なのですが、何かしらの形で、アウトプットをした方がいいなとは常々思っていたのです。 そんな時でした。私のチャートはバケット型で、 そのハンドル天体が火星なのでかなり重要なポジションにあるのですが、 “ Astroseek(en)” を読んでいると、 ハンドル天体のエネルギーを自ら表さないと大変だ(要約)ということが書かれていました。バケット・シェイプの場合、ハンドルにかなりの力が注がれます。アインシュタインなら天王星が、お騒がせのハリー王子なら月が、彼らのハンドルであります。 ということで「よし、これは表現しよう」と思い、「じゃあ、この火星をどう使ったらいいか」と模索していたところ、「 獅子座火星だし、他の天体との関係性や配置から考えたらブログでも火星を使うことになるんじゃないか」という判断に至りました。充分ではないかもしれませんが、まずはできるところから火星のエネルギーを使おうというのが、このブログの 動機そして目的です。 しかも、その模索の過程でとある占い師さんの、 「何か新しいことを始める日、その行動に移す日は、思い起こすと、 トランジット(T)火星とネイタル(N...